9章 クロスステッチの魔女と魔女の掟

第163話 クロスステッチの魔女、守るための魔法を作る

「クロスステッチの魔女、裁縫箱はあるね?」


「はい、持ってきています」


「いい機会だから、身を護るための魔法をいくつか教えるし分けてあげる。図案も渡すから、ちゃんと覚えてね」


 グレイシアお姉様にそう言われて、私は裁縫箱をカバンから取り出し針山を手首につけた。あとこれもあげる、と手渡されたのは、先端にかわいらしい白い小鳥のついたまち針だった。ガラス……だろう。まち針に凝ったことをするものだ。


「どうしたんですか、これ」


「前にひと揃いでもらったんだけど、実はその前にひとつ別で持っていたの。おかげで余ってしまって、せっかくだからもらってくれる?」


「わ、わかりました」


 またもらいものをしてしまった。そう思いながら、魔銀の刺繍針と裁ち鋏、糸切り鋏と道具をある程度箱から出す。グレイシアお姉様が指を鳴らすと、四角い羊皮紙にいくつかの刺繍図案を描いた紙が飛んできた。


「左側が、《身の護り》の上位魔法、《傷の請負》。このモチーフを長く繋げれば繋げるほど、負傷を肩代わりしてくれる魔法ね。この魔法を発動させた状態で怪我をすると、代わりにこの刺繍が傷むようになっているの。まち針で指を刺したような小さな怪我でも1つ駄目になるから、そこは気を付けるように」


「絶対やらかしそうなので、気を付けます……駄目になるのは刺繍だけですか? 布は?」


「布の方は傷まないけど、刺繍がほつれていくから見栄えは悪くなるわね」


「大きめに刺して、腰に巻こうかなと」


「服の下や腰巻の裏に仕込むことが多いのよ。私もそうだし」


 なるほど、怪我を代わってもらう度にほつれて傷んでいく刺繍は見栄えが悪いのだろう。綺麗にひとつも傷んでいない時があるとはいえ、ずっとそのままではないのだから。


「夜半白詰草で染めた布……は分けてあげるけど、夢蛍の粉は?」


「あります。庭にいるので」


「その粉を魔綿の糸に絡めて、陽炎石の破片を刺しながらこの図案を刺していくわ」


 これで足りますか、と手持ちの破片を全部出して言うと、「ギリギリ」と言われてしまった。ルイスにもアワユキにもつけてあげたかったけど、二人のことは私が守ることにしよう。

 グレイシアお姉様も作るつもりだったのか、同じものを取り出してスイスイと刺し始めた。さすがお姉様、早くて丁寧な仕事をしている。


「そうだ、グレイシアお姉様。ルイスにくれたジャケットなんですけれど、同じものが欲しいという注文が来ています。ルイスよりちょっと大きめの男の子の《ドール》と、女の子の《ドール》です」


「そう、どなたから?」


「グース糸の二等級魔女ガブリエラ様と、宝石糸の二等級魔女ミルドレッド様です」


「またえらい人と繋がり持ったわね……」


 半ば呆れたようなことを言いながら、それでもグレイシアお姉様の手は止まらなかった。

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