第156話 クロスステッチの魔女、傷のことを聞く

「おはよう、ルイス。糸を張り替えた感じはどう?」


「おはようございます、マスター。マスターの魔力が全身に沁み込んでいて、とても心地がいいです」


 すべての部品を組み直し、糸を張り替え、服を着せる。そうやって起こしたルイスは、私を見て嬉しそうに笑った。髪が少し伸びたのにも気づいて、「マスターがやったんですか?」と毛先を触る。


「ちょっと傷みを直してたら伸びちゃってね。これもこれで似合うと思うのだけれど、どう?」


「素敵です!」


 嬉しそうに笑うルイスの頭を撫でてやりながら、私は彼に聞いた。


「ねえルイス、お腹のところにヒビがあったわよ。怪我したなら、私に言ってくれなきゃダメじゃない。小さい傷ならその場で治せたわよ」


「そうなんですか? 僕、怪我したつもりはなかったんですが……」


 本人は不思議そうにしている。本気で、怪我をしていた自覚がなかったらしい。けれど、確かに傷はあった。覚えのない傷となると、心当たりは――前にお師匠様が修理していた《ドール》に、そういう子がいた。怪我をしていないところに傷をつけてしまう子。あの時は確か、お師匠様は《幻疵ファントムスカー》と言っていた気がする。何だったかは……朧気にしか思い出せない。私は当時、自分が魔女として独り立ちするつもりではあったけれど、《ドール》に関しての知識があまりになかったから。


「そう、それなら前の傷を思い出したりしたのかもしれないわね。お師匠様が、たまにそういう《ドール》がいると話していた記憶があるわ」


 痛くない?と聞くと、ルイスは不思議そうな顔で頷いた。私が治したのもあってか、本当に痛くないらしい。それならよかった。あの時来ていた魔女の《ドール》は、《幻疵ファントムスカー》が痛いと悩んでいたようだったから。


「前の傷、が何かもわかりませんが、今の僕はマスターの魔力で作ったチェリーの花の糸で、いい匂いが体の内側からしていて、とってもいい気分です」


 確かに、ルイスの身体を組み立て終わっても、ほんのりと彼からはチェリーの甘い匂いがする。球体関節の継ぎ目などから漏れているのか、動作確認として全身を動かさせてみるとさらにふわりといい匂いが漂った。チェリーの花糸、入れてみて正解だった。


「いい匂いー」


「そうだねえ、アワユキ。ルイスもお茶飲んでね」


「はい、マスター」


 ルイスがお茶を飲む姿を見ながら、お師匠様とグレイシアお姉様のどっちに連絡を取るか考える。お師匠様にルイスの傷のことも相談したい。けど、ルイスの剣の話をグレイシアお姉様にしておきたいというのもあった。

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