第111話 メルチの乙女、家のことを習う

 私は今まで、家のことなんて一つもしたことがなかった。それは私に仕える侍女たちがする仕事であり、私がそれをしてしまったら、彼女達のやることがなくなってしまうから。


『ですから、手伝おうなんて思ってはいけませんよ。彼女達のお仕事を取り上げてしまっては、彼女達はここから出て行かないといけなくなってしまいますから』


 そう言われた声は、まだ私の中にある。けれど今の私は、自分からその立場を捨て、料理や掃除を習うこととなっていた。


 クロスステッチの四等級魔女、と名乗った彼女の家に逃げ込んで、私は彼女の保護を受けた。お父様と結婚するだなんてことを受け入れるのが嫌で、すべてを打ち捨てて逃げたのだ。今はまだ本物の魔女ではなく、見習い期間だから、成長は止まらないと彼女は言った。


「本当に魔女になりたいというのなら、まだ私は弟子を取れないの。私のお師匠様を紹介するから、その時は言ってね」


 私にメルチの首飾りをかけてからそう言って、姉様は私に掃除と洗濯、料理を少しずつ教えてくれた。最初は軽いものからやらせてくれているのは、私にもわかる。彼女の《ドール》であるルイスとアワユキは、私に時折物を教えてくれていた。料理の下ごしらえの仕方や、掃除のやり方、洗濯のやり方。なんでも魔法でできるわけではないようで、結局、なんだかんだと人の手は必要なようだった。


「僕では重くて持てないもの、小さくてできないこともありますから、メルチさんが来てくれて助かりました」


 ルイスにそう言われると、不慣れなことばかりで失敗も多いのに、少しだけ勇気づけられたような気がした。今は冬ごもりの最中で、念のためにと多めに物を貯め込んでおいたというけれど、その貯蓄に手をつけてしまっている分の埋め合わせも、ちゃんとしないと……。

 着たことがない素材の服で少し肌がすれるし、ここで寝るようにと出されたお布団は藁の香りがする。でも、難しい勉強はあんまりない……家事の方が、礼儀作法を覚えるより難しいけれど。少しずつ、私はここでの暮らしに慣れていった。


「メルチ、今日のお料理作ってみてよ。一番楽しそうにしているの、料理でしょう?」


 姉様はここに来て一週間後、私にそんなことを言ってご自分は何かの大きな縫物に取り掛かってしまわれた。この中で作るように、と用意されていた材料を使って、恐る恐るではあるけれど、私はスープを煮始める。


『真冬の凍れる澄んだ風と

雲に触れよう青草から成る

雪雲に似た山羊の白毛、

求めて来たは白毛の乙女—――』


 針仕事をしながら歌う姉様の声にも慣れて来たな、と思いながら味見をすると、おいしいスープになってくれたようだった。

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