第109話 クロスステッチの魔女、お師匠様を頼ろうとする

「事情は分かったわ。私のお師匠様に、ちょっと連絡を取ってみる」


 私はメルチの話を聞いて、自分だけでなんとかするには色々と足りないことを自覚した。メルチは結婚から逃げるためにも魔女になろうとしていて、対する私は四等級……一応半人前よりは上ではあるけど、まだ弟子が取れるほどではない。となるとやっぱり、お師匠様にお伺いを立てるしかないのだ。


「あの、魔女様は何を……?」


「僕も詳しくは知らないんですけど、マスターはあの水晶を通じて離れたところにいる人と連絡を取れるんだそうです」


「魔女水晶……あれが、本物の」


 メルチとルイスがそんな会話をしているのを横目に見つつ、私は取り出した水晶へお師匠様の水晶に繋げて欲しいと念じた。少し待ってみると、水晶玉の中にお師匠様の顔が浮かび上がる。


『クロスステッチの魔女? なんだい、一人で冬支度はできると大見得きったのはもうおしまいかい』


「いえ、それどころではない問題が出てきてしまいまして……」


『お前の星は揉め事を引き寄せることしかしないのかい?』


 心底呆れたような声を聞きながら、私は事情を話した。駆け込んで来た女がメルチを求めていること。意に染まぬ結婚から逃げ出すのに、難題の婚礼衣装を求めたこと。それを解いた魔女がいたこと。彼女の織った布の魔法で逃げて来たことも。ついでにアワユキのことも話した。


『はぁー……メルチの首飾りは』


「ま、まだです」


『早く作っておやり。四等級だからって言い訳はなしだ』


 お師匠様の顔は呆れていたものの、なんだかどこか嬉しそうだった。助けてやりたいけど私では力不足だ、と零したのに。


『メルチを助けることは、ターリア様が現代魔女等級制度を定められたより昔からの掟だ。だからどんな《ハズレ》であっても、もちろんお前のような未熟者でも、最初にメルチを求められた魔女は、絶対にこれを助けるんだよ。“白のアンナエアとロンウード王のお話”はしてやっただろう?』


「あれは昔話じゃないですかぁ……」


『メルチに首飾りを作って、お前が面倒を見ておやり。ついでに冬の間の家事も仕込んでやればいい。筋があって本気で魔女になりたいなら、その時はウチの弟子にするさ』


 昔、偉大な糸紡ぎの大魔女ターリア様が等級制度を定められる前、見習い魔女戦士が今も敬愛される王を助けた物語は確かに好きだった。だったが、似たような立場になってわかる。白のアンナエアは強い魔女戦士だったとはいえ、見習いの身でメルチに応えるのは並大抵のことではない。


「あの、魔女様。そちらの御方は何と……?」


 不安そうにこちらを見てくるメルチを見てたら、仕方ない、と腹をくくれた。すぐに彼女の縁者が追いかけてくるわけでもなさそうだし、ルイスもアワユキも私がメルチを助けることを信じきった顔をしている。そんな顔をされたら、応えない訳にはいかなかった。


「あなたの面倒を見てやれって。いい? 元の身分がなんであれ、家の仕事からみっちり仕込むからね」

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