第100話 クロスステッチの魔女、精霊の主になる
「マスター、この子は精霊だと思います」
そう言ってルイスは、図鑑の一部の記述を私に見せて読み上げてくれた。
「えーと……『動物に魔石が入り、魔力を宿したものが魔物である。植物が魔石を吸いあげ、魔力を宿したものが魔草である。人間で魔力を宿し、かつそれを選択した者が魔女である。現象に魔力が孕まれ、自然から外れたものを精霊と言う。その形は定まらず、魔力の供給なくしては存在できない。しかし魔女の中には精霊に名前を与え、単純なぬいぐるみや人形に精霊を宿して形を与えることで、精霊を使役する魔法がある。これは、魔女達が人間の心のカケラから核を作り、《ドール》となさしめる魔法を開発するまで、魔女の人形と言えば精霊を宿した人形と言われていた古い形である』だそうです!」
「ありがとう、ルイス。……あら、図案までついてる。これが精霊契約の魔法ね……」
ルイスが見せてくれたページの隣には、精霊と契約するための刺繍の図案が載っていた。そこまで複雑な模様ではなく、精霊につける名前と種類によって少し変わるらしいけれど、私の腕前でも作れそうに見える。
「ねえルイス、私、あの子と契約しようと思うんだけど……弟分か妹分ができても、大丈夫?」
ルイスは私の言葉ににっこりと笑って、「マスターがそう望まれるなら」と言った。あまり時間はなさそうだから、精霊だというその弱々しい生き物に砂糖菓子を追加であげて、刺繍に取り掛かる。
本には素材の指定がなかったので、新雪で白く染めた刺繍布に、魔銀の針を刺して、雲から紡いだ糸で刺繍をすることにした。雪の精霊だろうと正体を踏んで―――だってとても冷たいし、雪の上で見つけたのだから―――雪の結晶の模様を中心に、精霊契約の魔法の図を刺繍した。六芒星を組み合わせた円を描く星の頂点に、キラキラとした結晶が来るように配置した。
「ねえルイス、この子の名前どうしよう? いい案、ある?」
「そういうのはマスターが決めるのがいいんじゃないんですか?」
正論を言われて私は言葉に詰まりながら、必死に名前を考えた。名前、名前、名前……白い雪と共に来た精霊。冬の香りのする子。私の砂糖菓子が好きで、でもただ単純な名前をつけるのはさすがに、もうちょっといい名前を考えたくて。
「……アワユキ。この子は、アワユキにするわ」
正しい字はわからないけれど、かつて、刺し子刺繍の魔女が教えてくれた東の国の言葉だった。雪の呼び方の一つだと言ってたけれど、綴りは教えてくれなかったから、近い綴りを書いていく。契約の呪文は硬い文章だったけれど、辛うじて私自身にも読めた。雪の載ったシチュー皿を、完成した魔法陣の中心に置く。
「我が名は、クロスステッチの四等級魔女。汝、雪の精霊たるもの、名付けてアワユキ。この契約を容れるのであれば、我が呼びかけに応え、この菓子この魔力、この名前を受け取り給え」
魔力を通すと刺繍は青白く光り、結晶が輝く。その眩しい光で視界が眩み、私は目を閉じた。契約が受け入れられたという実感が、私の中に根付いた。
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