第99話 クロスステッチの魔女、調べ物をする

「やっぱり、これが何か、私、お師匠様から聞いたような気がするの」


「そうなんですか?」


 私はルイスにそう話しながら、シチュー皿に乗せていた雪と不定形のいきものを見つめていた。魔力はあるけど、害意はないから、魔物ではない。けれど、常の生き物であればこのように不定形になるはずはない。骨があるのであれば、水のようにくにゃくにゃと崩れかけるような事態にはならないはずだからだ。


「ごめんね、ちょっとかまくらはまた後日にして調べ物をした方がよさそう」


「いえ、また雪が降ったら遊べばいいんです。冬はまだまだ続くのでしょう?」


「それはもう、もちろん」


 まだ冬は長い。この辺りでも、嫌になるほど雪は降る。ルイスに頼んでかまくらのてっぺんに魔法の刺繍のクロスを置いてもらい、そこに魔力を通して《雨風避け》の魔法をかけ、中に雪が吹き込まないように処置をしてから家に戻った。もちろん、謎の生き物を入れたシチュー皿や、紅茶のティーセットも一緒だ。これを手で持たねばならないのはやっぱり手間がかかるから、冬が明けたらお師匠様のようにティーセットがひとりでに動く魔法を教えてもらおうと決めた。絶対に習得してみせる。


「マスター、僕にできることはありますか?」


 謎の生き物を机の上に置き、私はお師匠様やお姉様達からもらっていた写本をドンと机の上に並べた。それから、羊皮紙の切れ端の書き付けも沢山。


「ルイスは私より字が読めるみたいだし、このあたりのどれかにある生き物の図鑑をまず、探してもらおうかなって。私はその間、自分の書いた書き付けから探すわ」


 自分の字があまり綺麗でない自覚はあるけれど、自分の書いた字なら流石に読める。せっかく学のある《ドール》に頼むなら、放置気味になっていた本を見てもらう方が有り難かった。……お姉様達もお師匠様も、読み書きに苦労をした育ちではないようだったから。


『あんたの育ちなら、自分の名前が書けるだけ上等。とはいえ真名を迂闊に出すわけにもいかないし、何よりあたしに一々何もかも聞かれてたら話が進まないから、ビシバシ叩き込むからね』


 弟子入りした当初、そう言っていたお師匠様の顔を思い出す。最初の方の酷すぎる書き付けが段々マシになって行って、最近は結構上手くなったのだ。そろそろ書き付けをまとめて清書したいと思っていたから、ちょうどいい。弟子入り当初にもらった白紙の本は、勿体無くてまだ白紙のままだった。


「定まった姿を持たず……魔力はあり……魔物でなく……うーん、ルイスはどう?」


 四隅を金属の鋲で留めてある重い本をじっくりめくるルイスに、私はそう声をかける。難しい字を指ですらすらと読んでいく姿は、私には過分な《ドール》を迎えてしまったのではないかと思わせるものだった。けど、彼は嬉しそうにぱっと顔を上げる。


「ありました、マスター!」


 真面目な空気が霧散して、よく懐いた子犬のようだった。

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