第92話 クロスステッチの魔女、石を投げる
骨だの眼球だのを干しているのは、あまり狙われることがない。しかし肉を干している時だけは、昔から注意が必要だった。肉を狙って、獣だの鳥だのがやってくる。目くらましや獣除けに網はかけてあるけれど、今私たちが干している魔兎の肉も狙われそうだった。時折、この辺りには鳥も飛んでくるし、キツネもいる。クマがいないことだけは救いだったけれど、それ以外の肉を食う鳥獣は結構やってくる。それは、この森が豊かな証でもあった。
私は庭に出て、干しものを広げている布の重しにしていた大きい石を拾った近くで見た、小さな石をいくつか拾って小袋に詰めていく。小さいとあまり軽くはない、ほどほどに重さのある小石だ。それらを袋に入れて、しばらくしてから戻ってくる。鍋をかき混ぜていたルイスが「何かあったんですか?」と聞いてくるから「ちょっと石を拾ってたの」と返した。
「石、ですか?」
「そうよ、石。干していたお肉が食べられてしまわないように、狙いに来た鳥や獣に投げるの。昔はよくやっていたわ……食べられてしまっては、私たちの冬の備えがなくなってしまうんだもの」
それで帰ってくれるならよし。帰らなければ大人の出番で、当たりどころが悪くて死んでしまった場合はそいつが干し肉になる番だった。弓矢を持っての狩りはしたことがないけれど、石を投げて結果的に仕留めたことは何度かあった。もちろん、責任を取ってしっかり解体し、食べたものだ。
「……もしかしてあの時、僕、お邪魔だったりしました? マスターはご自分でご自分を守れるなら、僕が出なくても……」
「あ、いいえ、いいえ、あれは余計なことじゃなかったわ! 私、石を持っていなかったんだもの。ナイフはあったけど本当に解体用とかだし、カバンの底だったし……」
今まで出かけていたところは、安全が魔女達の間で確認されている場所ばかりだった。四等級の未熟な魔女でも護身をあまり考えずに行って帰って来られるような、魔物の心配もしなくていい場所。だけど、あそこは違った。私が見つけた場所で、他の人にも話していない。つまり、安全性がわからない場所なのだ。もっと慎重に行動すべきだった。せめてすぐ出せるところにナイフは入れておくべきだったし、石は拾っておくべきだった。
だから、干し肉を守るのも兼ねて今拾っていたのだ。そんな風に反省していると、視界の隅にこちらに向かって飛んでくる鳥の影がある。
「あ、マスター! 言ってる傍から来ましたよ! 爪をこっちに向けて、お肉を取る気満々じゃないですか! お願いします!」
わざと明るい声で言ったルイスに言われるままに、拾ったばかりの石を投げる。狙っていたとはいえ想像以上に勢いよく翼に当たってしまって、羽を何枚か落とした鳥が慌てて逃げ去っていった。
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