第90話 クロスステッチの魔女、魔兎の加工法で悩む

「ルイス、そろそろ帰るわよ。暗くなりそうだし、また魔兎に会うのも嫌だしね」


「わかりました、マスター」


 ルイスにバレないように少し足を庇いながら箒に乗って、家に帰るための《引き寄せ》の魔法のリボンを先端に結ぶ。明日は皮を鞣して、他の部位も加工してしまうのに充てようと決めた。問題はあったけれど、あの後、必要なだけの灯露草は摘めたし、他にも役に立ちそうな木の実や石を拾っておくことができたのは収穫だった。


「明日は魔兎の毛皮の処理とかを使用と思うんだけど……ルイス、あなた、あの兎革で何を作って欲しい?」


 私の問いに、ルイスはクッションの上から私に振り返って首を傾げた。《ドール》の白い肌が寒そうに見える。


「マスターが使うんじゃないんですか?」


「あれはルイスが仕留めた、ルイスの獲物だもの。だからご要望通り、今夜は魔兎でシチューも作るわよ」


 私の大きさに合うようにするには、兎革1羽分だと大したものは作れない。けれど、小さなルイスの身体であれば話は別だ。短めの外套にしてもいいし、布団の代わりに使ってもいい。革縫い針はあまり使ったことはないけれど、もらったものがある。丈夫な糸も心当たりがあるから、後は私の腕前次第だった。


「明日、マスターのお手伝いをしながら考えてもいいですか?」


「もちろん、いいわよ。なるべく無駄のないようにしたいから、明日はやることが沢山あるからね」


 歯と骨を磨いて、お守りと針作り。眼球は乾かして、魔力の保護剤。内臓も洗って乾かしてやれば、水を防ぐ入れ物にできる。腱から糸を引くこともしておけば、それこそ毛皮を活用する時に使えるだろう。


「手伝ってもらうこと、沢山あるもの。色んなことに使えるのよ」


「マスターは詳しいんですね。狩人みたいです」


 あら、と私は気づいたら呟いていた。もしかして、ルイスにはあまり話していなかったのかもしれない。確かに、話す理由もそんなになかったからな……。


「私、昔は山で暮らしていたの。狩りじゃなくて、狩ってきた獲物の処理とかは私の仕事だったわ」


 養母と養父に労働力として駆り出され、解体から加工までガッツリと仕込まれた。あの村では当たり前の技能だったのだけれど、他の子どもが遊んでた頃から手伝わされていたのは私くらいだったろう。その時の癖か、小動物や鳥を仕留めた時は利用できるだけ利用しきる発想が抜けていなかった。それで処理が終わるまであれこれとかかずらってしまうのも、私が好んで自分から狩りをしない理由の一つだ。でも、みすみすダメにしてしまう方が罪深い。


「かっこいい……マスター、僕にも沢山教えてください!」


 ルイスはキラキラした目で私にお願いしてくる。かわいかったけれど、きっとそういうことは昔からしたことがないんだろうなと思った。

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