第68話 クロスステッチの魔女、飛ぶ前にお祈りする

 店の外に出て、それぞれの箒を出す。刺繍の施されたリボンを結んだ私の箒に対して、歯車細工の魔女の箒は少し変わっていた。持ち手を磨いて蜜蝋を塗っていた私のそれより、滑らかでツヤツヤしている柄。細かな枝を束ねて丁寧に揃えられた房は、乾かした枝の中に常緑樹を混ぜているからか少し緑色をしている。私の箒は少し枝が飛び出し始めたから、今度手入れをしないといけない。


(今日は、今日はちゃんと飛んで……お願い……!)


 ここ最近の失敗歴を思い出すと、ついそんなお祈りをしてしまう自分がいた。そんな私を信頼した目で見ているルイスを、私の箒に取り付けてるクッションに座らせる。リボンのいくつかを結んで、保護の魔法をかけた。私自身のものより厳重に。


「僕は好きですよ、マスターと空を飛ぶの!」


「いざとなったら、ジャケットで飛んでね……」


 最悪、私が墜落しても空を飛べるジャケットを着ているルイスは自分の速度で着陸できる。だから、いつも私はこれをルイスに着せているのだ。私自身は……まぁ、なんとかなる。回復系の魔法は、いつも身につけているし。


「うち、箒で飛ぶのちょっと苦手なん。あんたもそうみたいって察せて、ちょっと安心したわぁ……」


「……お互いどうなっても、恨みっこなしで行こうね」


お互いに箒が苦手なら、仕方ない。五等級の頃に箒は習うし、四等級試験には箒の飛ばし方も含まれてるけれど、風やいくつかの要因のある実際の空は話が違うのだ。


「あれ、あんたはルイスくんを乗せてるの?」


「一緒がいいなーって。あなたみたいにカバンに入れておくのも、安全そうではあるけどね」


 そんな話をしながら、隣り合って箒に跨がる。リボンに魔力を通してふわりと浮き上がって、木のてっぺんの枝につま先が触れるくらいの高度でいったん止まった。歯車細工の魔女の方に目を向けると、彼女は私より一箒ほど下でゆっくり上昇している。


「浮くの早いんやねぇ……うち、足元が土の上から離れるのがまだちょっと苦手なんや」


「んー、私はそれが楽しいんだよねぇ。ほら、箒で空を飛ぶだなんてとっても魔女らしいって思わない? 私がお師匠様と最初に会った時、あの人は空を飛んでたから……それで特に、そういう想いがあるのかも」


 あの時のお師匠様は、リボン刺繍でできた巨大なドラゴンの導きに従って、箒で空を飛んでいた。そんなものが突然空に現れたものだから、村中が大騒ぎになったものだ。きっと何百年経っても、私はあの光景を忘れないだろう。


「……よし! 高度十分、お山行こ!」


 歯車細工の魔女の言葉に、現実に戻る。私達は箒の柄を目当ての山の方に向けて、彼女に合わせてゆっくりと向かうことにした。

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