第47話 クロスステッチの魔女、知り合いが増える

「こっちの小さい袋の羽は、色糸用にあっちに混ぜて……おっ、この鵞鳥の羽はいいね! これならあそこの糸車を足せそうだわ。ありがとう、本当に助かった!」


 想像よりも数段気安い様子で、彼女はそう言って私の羽の品質を認めてくれた。ほっとして、周囲を見回し声以外の音を聞く余裕ができると、真っ先に気になるのが今まで聞いたことのない「ぎゅいいいいいいん」という音だった。糸車がひとりでに糸を紡ぐ様子は、五等級の頃にお師匠様が見せてくれた。けれど、そんな生優しいものではない。音の発信源がここの糸車だと気づくのには、少し時間がかかった。私の羽が置かれたところから細い糸を引き出し、高速で回転して糸巻きを太らせる。その間にあるあの、金属の光沢を持った存在が糸車のようだった。ものすごく大きいし、何より速さがとんでもない。手持ちの糸車で同じことをしたら、あっという間に木の軸やら何やらが擦り減ってしまうだろう。だから鉄製なのかもしれない。あの回ってるところに触れてしまったら、指が飛ぶに違いないと思った。


「よし、これである程度なんとかなる……はず」


「ねえさま、よかったねー」


 そうほんわかとした感想を呟いていたのは、先客の魔女だった。明るい金髪を肩にかかる程度のボブにしていて、紫の瞳は少し垂れている。首にしているペンダントは、銀……二等級の魔女のようだ。家主であるガブリエラ様を「ねえさま」と呼んでるところからすると、彼女は妹弟子なのだろう。

 初めて会うはずなのに、何故か前に会ったことがある気がする、不思議な雰囲気の人だった。


「あの、私、刺繍一門のクロスステッチの四等級魔女といいます。この子は私の《ドール》のルイス。まだ名も名乗れない若輩者ですが、その、偉大な魔女様のお手伝いになれたようなら幸いです」


 糸車の調整を終えて席につき、お茶を飲んだガブリエラ様にそう言って頭を下げると、彼女の《ドール》が「そんなにマスターに畏まらなくていいんで」と淡々と言った。


「こっちの僕のマスターは、グース糸の二等級魔女ガブリエラ。そちらの人はマスターの妹弟子で、綿糸の二等級魔女イザベラ。僕は《ドール》のグウィンと言います。イザベラ様の隣にいるのが、彼女の《ドール》のイサークです」


 紹介された二人はそれぞれ軽く微笑んでくれる。グウィンが出してくれたお茶菓子を食べながら、なんだかとんでもないところに来てしまったと感じていた。イサークと紹介されたのは、机にちょんと乗っている小型の《ドール》で、珍しいことに老人の姿をしている。片眼鏡に紳士服、穏やかそうな少し皺のある顔に白髪と、グレイシアお姉様は嫌がりそうだが趣味のいい《ドール》だった。


「刺繍一門としては、糸の一門にはお世話になりっぱなしだから礼を尽くせっていう、お師匠様の教えもあって羽集めをさせていただきました……ささやかでもお手伝いになれたなら、幸いです」


「お師匠様? 私達の知ってる魔女かな」


 刺繍一門の魔法は、糸がなくては始まらない。自分達で紡ぐこともあったが、糸の一門が紡いだ糸は大きな助けになっていた。だから助けておやり、とは、魔女組合の依頼を受けようとした最初の頃に言われたセリフだった。


「はい、リボン刺繍の二等級魔女アルミラといいます」


「……あれ、彼女もう弟子取ってよくなったんだっけ?」


「うーん、良くなかったらこの子の弟子入りも認められてないから、いいんじゃなーい?」


 気になることを言われたものの、それを初対面の人に詳しく聞くことはできなかった。


「お二人とも、若い魔女に妙なことを吹き込んだらそれこそ彼女の師に嫌がられますよ?」


 イサークの言葉で、この話は流されてしまったのだった。

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