第44話 中古《ドール》、思い悩む

 僕はマスターが糸を紡ぐ姿を見ていた。その細い指先から、真っ白い糸がするすると紡がれて溜められていく。魔女組合の依頼として鳥の羽を集めていた最中の問題を解決して、マスターは家に帰ってきていた。


「ルイス、明日は糸と羽を収めたら、グレイシアお姉様のところに行こうと思うの」


「はい」


 糸を紡ぎ終えたマスターがそう言うのを、僕はじっと座って聞いていた。右腕に施された刺青のピリピリとした違和感にまだ慣れないけれど、慣れないといけない。僕の体のパーツを動かしていたマスターの魔法糸は、他の糸に変えられていた。体の内側にマスターの魔力を感じていた安心感は、より整然とした他人の気配によって不安に変じている自覚がある。


「ルイスが剣を習って、私を守ってくれるって言うのは嬉しいんだけどね、約束してほしいことがあるの」


 マスターは僕を抱き上げ、膝に乗せてくれた。髪を撫で、刺青のされた右腕に触れる。……あの時僕はマスターの危機に我を忘れていて、どうしてあんなことができたのかはわかっていなかった。魔力の塊を維持するのが本当は辛かったから、マスターが止めてくれなくても霧散していたと思う。


「マスター?」


 物憂げな顔で僕に触れる彼女を、どうしたら笑顔にできるのだろう。目覚めて間もない僕にはわからないでいた。ただ、胸が苦しかった。


「あのね、ルイス。ルイスが剣を習うのは止めないけど、本物の実戦で、自ら壊れに行くような無茶はしないって約束してくれる? 私への攻撃を庇わないでほしいの。私だって、ある程度自分の身は守れるんだから」


「でも……!」


「《裁きの魔女》達は魔女と戦う専門家なのよ。魔物とか動物くらいからなら、私も自分を守ることはできるから」


 僕は彼女のことをまだ知らない。それが本当なのか確かめる術がない。それが、怖いと感じた。僕が会ってきた《ドール》達も、そうなのだろうか。


「僕、強くなります。マスターを守れるくらい、強い《ドール》になりたいです。ううん、《ドール》の中で一番になりたい」


 マスターが砂糖菓子をくれたのを有り難く齧りながら、腕と腹に施されたモノも、内側に張り巡らされた魔法糸も、全部全部マスターのモノならいいと願っていた。服もいつか、マスターが紡ぐところから手をかけてくれたものが欲しい。砂糖菓子から感じる、優しくて穏やかな魔力を全身で感じていたかった。


「《ドール》の中で一番とは、大きく出たわね。まずは明日、お姉様のところで弟子入りしてからね。さ、もうお布団入っておやすみ、私も寝るから」


「あの、僕、マスターの近くで寝たいです」


「じゃあ、ルイス用のベッドを私のベッド脇のチェストの上に置くね」


 本当はもっと近くでマスターの魔力を感じたかったけど、わがままが過ぎると思って言わないことにした。綺麗なお布団に潜り込む。そういえば色々あったから、マスターが用意してくれたこれで眠るのは初めてだ。


「おやすみなさい、ルイス」


「おやすみなさい、マスター。良い夢を」


 そう呟いて目を閉じるけど、《ドール》である僕はきっと夢を見ない気がした。

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