第25話 クロスステッチの魔女、宿で一息つく

「サリルネイアにようこそ、魔女様。ご一泊で?」


「ええ、お願いするわ」


 私はそう言って宿のお金を払い、食事は食堂で出ることや簡単な注意事項を聞いていた。ガラスの首飾りに黒い服は魔女と相場が決まっているし、魔女の国の隣に位置するサリルネイアの宿屋としては、魔女はそこまで珍しい存在ではないようだ。キュルトのような鵞鳥番だと会う機会もないようだけれど、魔女は街にも村にも森にもいる。どんな場所に住むかは、魔女の自由だ。もっとも、私はお師匠様から「お前のような馬鹿弟子に一人暮らしを許可したとはいえ、心配でたまらない」と言われ、住む家を指定されているのだけれど。三等級に受かったら、他に引っ越していいと言われている。


「ところでもうすぐお夕食が出せますが、食べていかれますかな」


「ええ、お願いします。この子の分の取り皿も」


「たまにいらっしゃいますよ、そういう魔女様。うちで一泊してエレンベルクに向かわれる魔女様のお連れ様のために、小さなフォークもご用意しております」


 丸っこい宿屋の主人はそう言って、他にお客もない宿屋だからと食堂まで案内してくれた。魔女の中では評判がいい宿屋があるという話を思い出して来てみたものの、お祭りなどもない日だからか客は私たちだけのようだ。カバンひとつを肩からかけたまま、私は食堂の席に着く。あ、箒はカバンに入れていた。


「田舎料理ではありますが、よかったらおかわりもありますからね」


 牛の乳でジャガイモと人参と白菜、鶏肉を煮込んだシチューに、黒っぽくてしっかりした平民パンの薄切り、壺いっぱいの柔らかいバター。それが私の分とルイスの分、しっかり用意されている。どれも温かくておいしそうだったから、ルイスと一緒に早速いただくことにした。


「マスター、これはなんですか?」


「こっちがシチュー、これもパンだね。お師匠様はあまり食べないけど、私はこっちのパンも好きなの。バターを付けてもいいし、シチューに浸してもおいしいわよ」


 いただきます、と言ってルイスはシチューに浸したパンを一口齧る。お師匠様は魔法で出せるなら上等なパンがいいじゃない、と言っていつも柔らかい白パンを食べているけれど、元々貧乏だった私としては平民パンだって十分嬉しいものだ。人間をやめて20年以上経つのに、生まれ育ちは簡単には抜けない。


(あの頃はカチカチになった古い平民パンだってご馳走だったものねぇ……)


 そんなことを思い返しながらルイスの様子を見ると、彼は「マスター、これおいしいです!」と嬉しそうにしていた。気に入ってくれたようでよかった……食事について《ドール》は時々、元の人間の嫌がるものに忌避感があるらしいけれど、ルイスは大丈夫なようだ。例えばお師匠様のところのイースは、元々いいところの家の子供の心のカケラを使ってるらしく、硬くなったパンを嫌がる。グレイシアお姉様のスノウは元の人間が魚嫌いだったということで、魚料理を絶対に出さない(お姉様も料理が苦手だ)。


(ルイスの元の人間がどんな人か、興味はあるけど……この子は中古だし、生きてるかから怪しいのよね)


 魔女は長生きだ。契約の一ウィッチワークを捧げて契約をした時に常の生き物を外れ、魔力が成熟すると成長を止め、それから長く生き続ける。その長い時間を付き合ってくれる友として作られたのが《ドール》だから、当然、その核となる心のカケラを取り出した元の人間が死んでいることだって多かった。


「そういえばマスター、キュルトに何の指示を出してたんですか?」


「ああ、リズのことを偉い人に相談するようにって話したの。鵞鳥番にされたリズは、魔法みたいなことができる、奇妙な女の子だって。あの子と一緒に働きたくないってごねるように言いつけたわ」


 その偉い人がリズに興味を持つように話すこと、とキュルトに私は指示を出していた。彼にはリズの事情を知らせていない。帽子を飛ばされるのには困っていたようだし、きっとうまくやってくれるだろう。


「明日、また二人に会いに行くわ。それからの悪だくみは、その後の様子次第ね」


 私がそう言うと、ルイスは「わかりました」と言って、バターを塗ってパンを食べるのに戻っていった。キュルトがうまくやってくれたかは、リズにも聞けばわかるだろう。

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