第4話 クロスステッチの魔女、友達ができる
私は腕に抱いた《ドール》の髪を梳いて綺麗にしてやってから、今日買いたいもののメモを更新していた。
(服はついてきたけど、私のセンスとしては他を買って着せたいなぁ……昼に着せるものと、寝間着になるものをまずは一着ずつ。それから人形用の椅子とベッドに靴。後はお皿とティーカップもあった方がいいって話だっけ。ここまで売ってそうな場所は通ったけど……)
一番の問題は、この片方が落ちた目だ。他の色や素材の瞳を入れたいからと言って、最初の目とは別に硝子や宝石でできた瞳を買い求める魔女は多いのだという。細工の魔女の中には、特別な力のある瞳を作って自分の《ドール》につける者までいる、とお師匠様が言っていた。
さっきから夜市を歩き回ってはいるし、その途中に《ドール》の瞳を売ってるお店も沢山あった。だけど、どれも一対なのだ。片方だけあればいいのに、二つセットでしか売ってない。片方は間違いなく余るし、それを持て余すのは目に見えている。一度に両方の目を変えてしまう選択肢がないのは、私がこの子の右目の赤色を気に入っているからだった。
「なぁなぁ、あんさん。なんや困っとるん?」
訛りのある言葉で話しかけられてそちらに目をやると、布で覆った籠を提げた魔女がいた。柔らかい金髪に、緑色の瞳。黒いシンプルなワンピースに、少し凝った金色の髪飾りをしていた。その緑の石の中には、歯車が封入されている。首から彼女が提げているのは、私と同じ四等級の魔女であることを示す首飾りだ。
「うちは細工の魔女一門、歯車細工の四等級魔女や」
「私は刺繍の魔女一門、クロスステッチの四等級魔女です」
彼女はニコニコと愛想のいい笑顔を浮かべて、「その子買うたん?」と買ってきたばかりの《ドール》に興味を示したようだった。
「そうなの。新品の子じゃないんだけど、つい。けど片方だけ目がなくなってるから、なんとかしないとって思ってて」
「ふっふーん、そんならこれなんてどうや?」
そう言って歯車の魔女が籠をごそごそと漁り、出してきたのは歯車を封入した透明のものだった。黒に遊色のかかった地に、いくつかの小さな歯車が組み合わせられている。歯車のひとつの中心には、緑の宝石が中心についているのか違った煌めきがあった。最近、細工の魔女一門が樹脂を固めて綺麗なものを作れるようになったと聞く。それだろうか。
「小さな魔法時計が壊れてもーたからな、その歯車をもろうて来て作ったんや。その透明な部分は、魔桜の樹脂を固めて磨いた奴やね。地は薄いオパールを含んだ石でキラっとしてあるんやけど、ええやろ?」
「素敵!」
「うちの《名刺》でもあるんやけど、おひとつどう?」
魔女同士では、《名刺》と呼ぶのは名を書いた紙ではない。ちょっとした魔法を込めた、小さな作品だ。私自身も、刺繍した布でくるんだくるみボタンを一袋持ってきているのでカバンから取り出す。図案はシンプルな青い小鳥……日常にちょっとした幸運をもたらすもの。
「これ、私の《名刺》。受け取ってくれるかな?」
「もちろん! うちも早よ自分の《人形》欲しいわ。お
「私のお師匠様は四等級に合格したらって言ってたけれど、違うの?」
「《名刺》15個、交換しきったらって言われてるんや……あんさんが1個目やね」
頑張ってね、と手を取って言うと、歯車の魔女は「うち頑張る」と微笑んだ。
「そん歯車の瞳な、魔法はほとんどかかっとらんのやけど魔力を溜め込むのが得意なんや。あんさんの《ドール》につけたり」
「うん、ありがとう! 私のくるみボタンは《小さな幸運》だから、何かにつけてくれると嬉しいな」
ついでに水晶の波も交換して、お互いに連絡が取れるようにしてもらった。お師匠様以外だと、初めてかもしれない。
「ルチルクォーツ? 中の針が綺麗ね」
「お、そういうあんさんのはガーデンクォーツやな。同じ混ざり水晶の仲間や、歓迎するで」
「早く自分の人形、持てるといいね」
「うん!」
いい友達になれそうな彼女と別れて、私は《ドール》のために他のものも探しに出た。
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