クロスステッチの魔女と中古ドールのお話

雨海月子

1章 クロスステッチの魔女、《ドール》を買う

第1話 クロスステッチの魔女、《魔女の夜市》に行く

 名刺として、刺繍を施したくるみボタンが一袋。《縁結び》のまじないを籠めて、クロスステッチで縫った自分用の白い麻布ハンカチが一枚。それから、大事なお金が詰まった財布と、魔女の必携アイテムである握り拳大のガーデンクオーツ。財布に予算が入っていることをしっかりと確認して、カバンにしまいこむ。


「やっと、私もこれで魔女の先輩たちの仲間入りができる!」


 出かける前に、自分の姿を鏡で確認。長く伸ばした黒髪は、自分で刺繍した青いリボンでひとつにまとめた。勿忘草色の目に白い肌、服装は魔女の正装たる真っ黒なワンピース。首には、四等級の魔女であることを示す青い石のついた硝子の首飾り。どれも高価なものではないけれど、今の私が用意できる精いっぱいの装備だ。

 お師匠様が四等級合格のお祝いにくれた草色の革カバンには、今日のために用意していたものがしっかり入っている。独り立ちしたから、今この家にいるのは私一人だけだ。けれど今日から、そうではなくなる。それが楽しみで仕方なかった。


「あら、お隣さんじゃない。今夜の《魔女の夜市》に、あなたも行くの?」


「そうなの! これで私もマスターになれるから、今から楽しみ!」


 家を出た私に声をかけてくれたのは、隣の家に住む先輩・レース編みの三等級魔女エレインだった。この辺りで暮らすのに必要なことを教えてくれる気のいい魔女で、いつもその隣には小さな女の子がいる。黒髪金目黒服の彼女に対して、女の子は金髪に銀目、白い服、銀のレース編みのショールと対比が美しい。その手足には球体関節があり、肌は綺麗なビスクだった。

 私たち魔女は、針と糸とリボンで魔法を使う。それら魔法の総体こそが服であり、素晴らしい服は素晴らしい魔力を持っていた。だから、魔女たちの使い魔として人気があるのは魔法の総体たる服を着ることができる人形達……《ドール》である。

 魔女の使い魔としての《ドール》は、魔力と砂糖菓子で動く特殊なビスクドールのことを指す。私の師匠は『四等級魔女試験に合格したら自分の《ドール》を買っていい』と前々から言っていたので、今日は、初めての《ドール》を買いに行く日だった。


「まだ若いんだから、三日月級の性格が薄い子を選ぶといいわ。そこから個性を育てていくのも楽しみだもの。《魔女の夜市》の表通りは安全だけど、裏通りには危ないところもあるから、気を付けてね」


「ありがとう……危ないところって、例えばどんな?」


 話によると、裏通りには正規ルートで扱っていないものが沢山あるのだという。魔法の触媒になる染料、魔法書、鉱物……そして、違法な《ドール》。


「そういうものは大体とっても高いから、素直に工房製の《ドール》や小物を買って来ればいいと思うわ。うちのメリーベルは《蜘蛛糸の魔女ビアンカ工房》の製品だけど、あそこは初心者向けだからオススメよ」


 魔女の工房では様々な《ドール》やその服、家具を売っているという。私も、今日はそう言ったものを買うのが目的だった。

 レース編みの魔女と別れ、多くの店と魔女が行き交う《魔女の夜市》に足を踏み入れる。そして《蜘蛛糸の魔女ビアンカ工房》に行こうとして、人混みに流され―――気づけばよくわからない、裏通りの小さな店に迷い込んでいた。



「あのー、ごめんくださーい……迷子になっちゃって……もしもーし、誰かいますか……?」


 恐る恐る店内を歩き回る。雑多に積み上げられている古びたドレス、紐の絡んだ靴、そして沢山の用途がわからないアイテム。どれも古びていて、元持ち主たちの魔力を感じることもある。どうやらここは、古道具屋のようなものらしい。

 明らかに四等級の新人魔女が来ていい場所ではないと、薄暗い店内が告げていた。おまけに、私以外の客はおろか店員の気配もろくにない。本来なら上級の魔女達が、リスクも把握した上で来るべき場所なのだろう。そう思うとつい好奇心が勝って、店内をぐるりと回ってから出ようと思い直してしまった。


「きゃっ!」


 突然視線を感じて、思わず声を上げてしまう。よく見てみるとそれは、目を開いた状態で古い裁縫箱にもたれるように手足を投げ出していた《ドール》だった。

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