第8話 9年前の事件

 第一幕と第二幕の休憩時間となった。普通であれば、軽く食事を取ったり、ラウンジでお酒を嗜んだりするのだろうが、そんなところに行けば、貴族共のいい餌食になるのは目に見えているので、二人で個室の観覧席に座ったままだが……正確には未だにレイラファールの膝の上に私が座っているという状況だ。


「そろそろ、下ろしてもらえないだろうか」


 私はレイラファールに何度目かの要望を出す。


「別にいいのではないのか」

「よくない」


 ということを先程から繰り返している。本当にレイラファールはどうしたというのだ?私の嫌がらせがそれ程嫌だったと。だったら、さっさとこの縁談を無かったことにして欲しい。


 そんなレイラファールとの攻防に終止符が打たれた。扉がノックされ、外から声を掛けられる。


「オーナー。支配人がご相談したいことがあると申しているのです。お手をわずらわせて申し訳ないことこの上ないのですが、一緒に来ていただけますでしょうか?」


 なんだ?珍しいこともあるものだ。あの支配人が私に相談を?……いや、違うな。今、支配人は地下の衣装部屋で忙しく動いている。


 これは邪魔な私を排除しようという作戦か。まぁ、いいだろう。


「レイ様、呼ばれているので、少し席を外しますわ。レストランの予約時間までには戻ってきますから」

「それはどういう意味だ」

「そういう意味ですわ」


 私はニコリと微笑んで、視線だけを向かい側の二階席に向けて立ち上がった。扉を開け、個室を出ていく。その私の視線の先には綺麗な顔したひょろりとした男性が立っていた。知らない顔だな。


「どちらに向かえばよろしいのでしょうか?」

「こちらです」


 そう言って、男は踵を返し、地下に向かう階段がある方へと足を進める。やはり、仕込み武器は必要だった。私の武器は鉄扇子とペンのような細い短剣しかない。

 魔力阻害装置が動けば私はそこまで強くはないから、武器は必須だというのに、心もとないなぁ。


 男に付いていき一階の裏通路に差し掛かったところで、酷い頭痛に襲われた。これは……高魔力者に対する無効装置。脳にある魔力を制御する魔核を破壊する非人道的な兵器……『ヴズルイフ』こ……ん…なモノを……。









 気がつけば、どこかの地下牢に閉じ込められているようだ。かび臭い湿り気のある匂いが鼻につき、目を開けているというのに真っ暗で何も見えない。


 さて、どうしたものか。私の今の状態を確認したいが、腕を上げた状態で拘束されているので、身動きが取れない。だから、武器は足に仕込んでおくべきだったのだ。


 仕方がないので、相手の出方を伺いたいところだが、あの女の仕業というなら、ろくなことにはならないだろう。


 あの女。この王都の裏社会を牛耳る『女帝ソフィア』と呼ばれる女だ。裏社会と言っても極悪非道を繰り返しているわけではなく、はみ出しものたちをまとめあげ、職を与えており、王都の治安維持には貢献している。その職については言及しないが、まっとうでは無いことは言える。そして、この王都で職を無くし犯罪に走る者は殆ど居ない。職を無くし困っている者たちは女帝の指示どおりに動く駒になるのだ。


 その女帝の何がやっかいか。見た目のいい男を侍らすのが趣味なのだ。それも年齢は関係ない。


 そう、レイラファールはこの女帝に目を付けられたのだ。




 9年前のある日、王家主催のお茶会があった。だが、私は行きたくないと言い張り、皆を困らせていた。何故なら、そのお茶会は王太子と第二王子の婚約者を決めるお茶会だったのだ。

 だから、私は拒否していた。


「嫌と言ったら嫌ですわ」


 まだ、お嬢様言葉を強要されていた10歳の私は大いに駄々を捏ねていた。


「そんな婚約者を決めるお茶会なんて行きたくないですわ」

「エルシー、王族からのお誘いを断るわけにはいきませんよ」


 お母様が困った顔をしながら諌めるも、私はツンと顔をそむけ、聞く耳を持たない態度を貫く。


「エルシー。別に婚約者になると決まってはおらぬ、ただ、同じ年頃の子たちと遊んでくればいいだけだ」


 お祖父様まで出てきて私を諌めるが、ツンとした態度には変わらない。

 だが、断ることも出来ないという事は否が応でも前世の記憶から理解出来ている。ただ、この言葉を引き出したかったのだ。


「遊びに行くだけならいいですわ」


 私の言葉にホッと溜息が辺りに満ちる。


「ただ、条件がありますの。お母様と同じ金髪になりたいのです」

「まぁ、エルシー!」


 同じ金髪と言われ喜ぶお母様だが、私は内心ほくそ笑んだ。計画は着々と進んでいると。

 そう、脱貴族計画だ。今の宰相であるお父様の執務室に侵入し、国を上げて魔物に対する対策として、騎士団の増強に伴い、一般市民から騎士と成るものを募集するという議題が可決したという資料を目にして、これは行けると確信した。一般応募から騎士になればいい。一度騎士になれば最低5年は騎士として各地に派遣される。5年経てば15歳だ。その歳まで婚約者がいないとなると、普通の結婚は難しいと言われている貴族社会。脱貴族を目指すには騎士になることが近道だと考えたのだ。


 だが、この黒髪は目立つ。黒髪というだけで、私だとバレるのだ。だからこそ、金髪のカツラを手に入れる為にこのお茶会を利用する。私の人生計画に抜かりはない。



 そして、金髪縦巻きロールにフリルいっぱいのドレスを着た悪役公爵令嬢っぽい私ができあがったのだ。公爵令嬢と言えば金髪縦巻きロール。完璧だ。鏡を見て満足した私は、お母様と共に王城に向かっていった。



 不思議の国のアリスの世界に迷い込んだのかと言いたくなるようなバラ園に設置された会場には同じ年頃の子供たちがいた。男の子たちは気軽に楽しそうに話いるのに対して、女の子たちの空気はギスギスした感じに満ちていた。それはそうだろう。この場にいる子たちは皆ライバルなのだから。


 決まった席に座っても会話もなく、出されたお茶や菓子を食べるわけでもなく、互いを伺い見るている。普通であれば、この場で名前を名乗って親交を深めるべきなのだろうが、誰も何も話さない。


 そして、王妃様と二人の王子の登場に周りはざわめきに満ち、王族の方々の元に向かう。

 その姿を誰もいなくなった席で私は一人眺めていた。菓子に集るアリのようだと。


 出されていた冷めた紅茶を飲み干し、私は席を立つ。ここにいるぐらいなら、バラ園を散歩していたほうが百倍マシだと。


 バラ園の迷宮を攻略し、たどり着いた先には大きな人工の泉があり、その横には東屋のような建物があった。


 東屋から見た景色はきっと綺麗に整えられた景色なのだろうと興味を持って近づくと、そこにはとても可愛らしい姫君がベンチの上で寝ていたのだ。しかし直ぐに男の子の服装を着ているのと、そっくりな人物を見たことがあるため、直ぐにアスールヴェント公爵家の嫡男の子だとわかった。

 しかし、ここで寝ているなんて不用心だと、揺すり起こす。


「もし、もし、ここで寝ていてはお風邪を召しますわよ」


 しかし、起きる様子がない。


「起きてくださいませ」


 ピクリとも動かない姿に流石におかしいと思いだした時、後ろから口を押さえられた。直ぐに息を止めたものの、口を押さえている布地に含まれた睡眠薬の成分を吸ってしまい、意識が朦朧としてくる。


『おい、この小娘はどうする?ここに放置するか?』

『いや、この見事な金髪であれば高く売れるだろう』


 これカツラですからー。

 その心の中の叫びを最後に意識が落ちてしまった。




 頬に当たる冷たい石の感触に目が覚めた。起き上がって状態を確認するも、手も縛られてもないし、足も縛られていない。これは子供なので、鍵付きの牢にでも閉じ込めておけば、大人しくいるだろうという判断か。


 私は鉄格子に近づき、身体強化を施し、両手で掴んだ鉄格子をメキョリと曲げる。

 その隙間から牢から出て、元通りに鉄格子の棒をまっすぐにしておく。こうしておけば、謎の公爵令嬢蒸発事件ができあがる。


 私は脱出しようか、あの少年を助けようか迷っていた。所詮私は子供だ。大人を相手にして勝てる要素は無いと言っていい。

 いや、考えろ。私と少年が助かる方法だ。

 まずここがどこで、黒幕が誰かということだ。


 ここがどこか。外の景色が見られる場所を探す。ここは牢がいくつもある場所らしい。だが、光がどこからか入ってきているのか明るい。周りを見渡すと天井近くに明り取りの窓を発見した。そこまで浮遊の魔術を使い飛んでいく。小さな明り取りの窓から見える景色は……レンガの壁と青い空だった。何も情報が無かった。いや、下を見ると青い隊服を着た騎士達が巡回している姿が見える。ということは、下町ということだけわかった。青い隊服は警ら隊の色だ。


 これは厄介だ。下町の情報は持ち合わせてはいない。せめて貴族街にしてほしかった。


 私は窓から離れ、天井を浮遊しながら進んでいく。ここは思ったより天井が高く飾り装飾もあり、子供ぐらいなら天井の飾り装飾に隠れられるのだ。


 だが、この作りだとそれなりの金持ちだということがわかる。そして、段々と作りが豪華になっている。最初はただの装飾だったのに。小さなシャンデリアが増え、金の装飾が増え、天井に宝石って誰がコレに気づくのかという装飾まであるようになっていった。


 ここまでの情報収集で『女帝ソフィア』という人物の住まいだということがわかったが、私の知識にその女帝の情報は全くなかった。


 行き来する人の足取りから最終地点だと思える金色の大きな扉の前にたどり着いた。何やら慌ただしく人の出入りが頻繁に行われているが、気味が悪いほど容姿が整った者たちばかりだった。

 私は嫌な予感を押し殺しながら、扉の隙間に身を滑らせ、中に入っていった。そこは異様に甘ったるい匂いで満ちた空間だった。


 そして、目当ての少年を見つけたが……私の嫌な予感は当たっていた。女帝と言われる女は直ぐにわかった。周りに見た目のいい男共を侍らしていたからだ。その女の側に少年はいた。

 私の目には少年は衣服をまとっているようにはみえず、女は商品の品質を確認でもするように、蛇のようなねちっこい視線を絡め、不必要に触っていた。


 女帝と思われる女は満足したようで、一言周りの者たちに言いつけてこの場を去っていく。


「いつもどおり右手に奴隷印を、それから背中には私の所有物だという印の焼印を入れておきなさい」


 最悪だ。公爵家の嫡男を奴隷に!

 しかし、ここには数十人の大人たちがいる。子供の私は無力だ。私一人であるのなら、今すぐにでもこんなところ出ていける。しかし、少年を守りながらというと些か厳しい。安全に少年を連れて逃げるとすれば、少年が一人にになったときだ。


 ……安全?無事?今、少年の身が奴隷に落とされようとしているのに?


 タンパク質が焦げる匂いと悲鳴に耳を塞ぎ、子供である身を呪った。もし勇者と呼ばれる者であるのであれば、少年を颯爽と助け出したに違いない。


 貴族で居たくないというだけで計画した甘っちょろい未来など、所詮絵に描いた餅だ。私は覚悟というものもなく騎士になろうと考えていたのだ。


 決めた。私は人を守れる力を望もう。その力を得て、この国の平和をもたらしたその時は自由に生きることにしよう。


 そのためにはこの手を血で染めることにも厭わない。


 少年を囲む数十人に向かって私は物陰から飛び出す。風の刃を作り出し、それをドリルのように回転をかけ、標的に向けて一斉に撃ち放つ。


 人の身体は食い込んでいく刃の威力に肉片と血と骨を撒き散らしながら、肉塊に変わっていく。

 少年の側に駆け寄り、すぐさま治癒を施す。どうやら焼印は手の甲の奴隷印のみだけに留められた。


 少年が着ていた衣服を探し出し、それを素早く着せるが、少年の心は壊れてしまったかのように、何も表情が浮かんでいない。 


「レイラファール!」


 私は少年の名を呼ぶ。すると、視線を私の方に向けてきた。


「助けに来ましたわ。だけど、ここから出るには貴方自身の足で出なければなりません。大人たちは私が始末しました。貴方の傷は全て癒やしました。必要であれば、記憶も消しましょう。貴方は自分の足で歩けますか?」


 すると、青い目に光が灯り大粒の涙が溢れてきた。ここで泣かれても困る。いつあの女が戻ってくるかわからないのに。


「泣いている暇などありませんわ!」

「でも、僕は……」


 はぁ、この状態から自分の足で歩けというのは流石に酷だったようだ。

 私は少年の頬を両手で優しく包む。


「ここに来たときからの記憶を封じましょう。ただ、貴方を狙う存在がいるという事は覚えておきなさい。そして、あの女に負けない強さを手に入れなさい。心も身体も。最後に、この建物から出たら、青い騎士の隊服を着た者たちに助けを求めなさい。きっと家族に会えます。例え、私に何があっても足を進めること、いいですね。『絶望は今奥底に押し込め、青き空の下を歩めばこの場の記憶はすべて封じられよう』」


 少年に私は暗示を掛ける。ここであったことは無かったことにしようと。だけど、危険から身を守る術は持つようにと。外に出ればこの建物の中で起こった記憶は全て封印すると。


 そして、私は少年の手を握って駆け出す。ここに近づいてくる足音が聞こえたからだ。


 扉が開いた瞬間に雷の矢を放ち、侵入者の意識を刈り取る。雷撃を受けた者を飛び越え、そのまま走り出す。裏口は見つけられなかったが、表玄関らしき場所は見つけたので、その場所に向かっていく。……が、後ろのヤツがウジウジと泣き出した。泣いたからと言ってこの状況が変わるだけではない!


「ウジウジと泣く暇があるのでしたら、足を前に出しなさい」


 しかし、余計にグズグズと言い出した。鬱陶しい!


「泣くのは無事に家に帰ってからでも遅くありませんわ。今は視界を遮る涙を拭って足を前に出すのです」


 表玄関が見えて来たところで、その扉の前に立ちふさがる存在が見えた。


「おやぁ、騒がしいと思えばネズミが紛れこんでいたのかぁ」


 大きな斧を持った巨漢の者だ。その全身は鎧でおおわれ、普通の攻撃など通じないことが見て取れる。


 私の目には巨漢の男の背後にある扉しか入っていない。私は身体強化を使い、少年を俵のように肩で担ぐ。


「え?なに?」

「黙っていなさい!舌を噛みますわよ!」


 私は右足に力を込め、浮遊の魔術と風の魔術と結界を展開される。右足を蹴り上げると同時に浮遊の魔術でその身を軽くし、足裏から瞬発力を得るように風の魔術を噴出する。

 そして、玄関扉に体当たりすべく前方に結界を張った。


 巨漢の横を強引に押し通るが、幾度と無く叩きつけられた様に刃が欠けた斧が襲いかかってくる。身体を捻じり刃を避け、扉に体当たりをする。


 身体強化と魔術と結界の併用で扉は破壊され、蝶番ごと飛んでいった扉の向こうには青空が広がっていた。


 私は身を起こし少年の背を押す。


「行きなさい」

「一緒に逃げよう!」


 少年が私の腕を掴むもその顔はまた泣きそうな表情をしていた。


「言いましたわよね。私に何があろうと足を進めるようにと」

「でも、血が……血がいっぱい」


 私は少年を突き飛ばし、笑顔で見送る。


「直ぐに後を追いかけますわ。だから、先に行っていなさい」


 私の視界の端には私に向かってくる銀の刃を捉えますが、少年を逃がすのが先です。


「振り向かずに行きなさい!」


 再度強く言うと少年は涙を拭って背を向け走りだした。それでいい。


「『多重結界展開』『燎原の火の如く全てを燃やし尽くせ』」


 結界で私の身を守り、少年の悪夢を燃やし尽くすべく、この建物全てを炎で覆い尽くす。

 今までの無詠唱の魔術と違い、勢いよく燃え盛る炎。だが、炎をまといながらも斧を振るってくる巨漢の男。


「もう少年を守る必要が無くなりましたから、容赦はしませんわ『絶刃斬撃』」


 真空の刃が巨漢に襲いかかり、斧ごと切り裂いていく。そして、赤き炎が倒れていく肉塊を舐めるように飲み込んでいった。


「はぁ。中途半端ですわ」


 私は血が流れ出す右の脇腹を押さえながら呟く。無詠唱だと威力はそれほど無いけれど、詠唱をいれると、全てを破壊するほどの威力を持ってしまう。

 少年の命を無視するのであれば、こんな傷を負うことも無かった。全てを壊せばよかったのだから、でも、誰かを、何かを守ろうとすると一気に無力な存在に成り下がってしまう。


「守れる力が足りないのですわね」


 そう呟いて、私はその場から姿を消した。ああ、カトリーヌ様だけでも報告しておこう。


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