第4話 断ります?

 私は声を押さえイグニスに昼食は別の者と取ると言った。

 私の言葉にイグニスは巨漢をかがめ、私が見ていた扉を一瞥してから耳元で内緒話をするように言う。


「おひいさん。もしかして次の相手ってシショーのお孫さんってことか?」


 私は首を縦に振って頷くことで答えた。


「俺もご一緒してもいいか?面白そうだし」


 面白い?面白いは私であって、周りは引く感じになることだろう。本音は別のところにあるのだろう。


「本音を言え」

「昼食ぐらいゆっくりと食べたい。昨日は鍋が飛んできたからな」


 納得する答えが返ってきた。私がいないと不幸を相殺できないから、色々被害が出るらしい。


は許可しよう」


 そう言って目的の扉の前に足を進める。右手で拳を作り軽くノックをし、しばし待つ。


『入ってくるといいよ』


 中から第3副師団長の声が聞こえてきた。誰が来たか確認しなくても良かったのだろうか。いや、そもそも用がなければ第3師団長の執務室なんて訪れない。誰が好き好んで突き刺さるような視線を浴びたいというのか。


 私はドアノブを手にし、中の様子を伺う。いや違うな。私が作り出した魔術である。ゲームの様なマップを視界の端に展開させ、そこにどのようなモノが存在しているのか、落とし込む仕様だ。


 どうやら当人は中にいるようだ。私はそっと扉を開け、気配を消し滑り込むように中に入る。

 私の姿を見た副師団長は驚いた視線を向けて来たが、人差し指を口元に持っていき黙っているように示唆する。レイラファールは机にかじりつくように書類に目を通しているため、私には気がついていない。集中すると周りは見えなくなると、前アスールヴェント公爵がボヤいていたのだ。それは今も改善されていないようで、レイラファールは私の存在に気がついていない。


 私は足音がしないように近づいていき、レイラファールと視線を合わすために執務机に寄りかかるように肘をつき、手のひらの上に顎を置き声をかける。


「レイラファール様。昼食を一緒にいただきませんか?」


 私の声で集中力が途切れたレイラファールは、驚いた視線を向けて来た。しかし、返事が無いので、ニコリと笑いながらもう一度聞いてみる。


「レイラファール様、昼食を一緒にいただきましょう」


 いや、尋ねてはいなかった。強要をするの間違いだ。

 そして、返ってきた言葉が


「断る」


 だ。その答えに私は首を傾げ笑みを深める。


「え?では昨日のお話も断っていただけます?」


 そのまま縁談の話も断ってほしいと言うと、美人の顔を歪ませ口を閉じてしまった。本当にこの縁談の対価してレイラファールは何を提示されたのだろう。


「では、一緒に食堂にいきましょう」


 私は身を起こしてレイラファールに手を差し出す。だが、レイラファールから出されたのは手ではなく、怒ったような声だった。


「ここまですることか?」


 その言葉に私はほほ笑みから挑発する笑みへと変える。


「互いに譲れぬモノがあるのであれば、どちらかが折れるまでということだろう?私が公爵夫人なる未来を受け入れるか、レイラファール殿が何かしらの対価を捨て去るか」


 私は真っ直ぐにレイラファールを見る。互いに譲れないモノのために、どれだけ意地を張れるか。ただそれだけだ。


「私は負けたくないので、レイラファール殿のトラウマを突くことにした。それが嫌ならさっさと断ってくれればいい」

「それをここでする必要があるのかと俺は聞いている」


 それは職場でも嫌がらせをする必要があるのかということだろう。私は大きく溜息を吐き出す。


「はぁ。私には時間が無いのだ。後、半年で20歳になる。それまでに貴殿から断る言葉を引き出せなければ、私の負けだ。逆に言えば半年我慢すれば貴殿の勝ちだ。昨日、私が宣言した言葉を忘れてしまったのか?」

「覚えているが、このような事をして俺が断った場合、騎士団に居づらくなるのか貴女だと言う意味だ」


 ああ、そういうことか。何だ、ただの女嫌いだと思っていたが、私の後のことを考えることはできたのか。


「そこは気にしなくていい。貴族籍を抜ければ、私は自由だ。何処にだって行ける」

「は?」

「え?」

「おひいさん、俺は置いて行かれるのか?」


 一つ変な言葉が混じっていた。私は呆れた顔で振り返る。


「聖騎士であり、英雄の称号を得たイグニスの剣はここで存分に振るうがいい」

「そんな殺生な。子分の面倒は親分が見るもんだと言ったのはおひいさんじゃないか」


 それは聖騎士であるイグニスを使うための方便だ。それも出会った頃の話を引っ張り出してきた。


「歩く厄災を騎士団に置いていかれるのは困ります!第8師団長が引き取ってくださいよ!」


 他の副師団長から酷い言われようだなイグニス。まぁ、副師団長の会議が行われる度に私が連れ出され、会議室にイグニス専用の運の相殺の魔術を施すように頼まれるのだ。一度魔鳥に襲撃されたのは痛い経験だったのだろう。


「イグニスは己の力で確固たる地位を築いたのだ。運ごときで私がいつまでも面倒を見るわけにはいかないだろう?」


 項垂れるイグニスに対し、第3副師団長はレイラファールの側に駆け寄り懇願する。


「師団長!この国の平和の為に第8師団長と結婚してください」


 この国の平和って……。


「「そんな大袈裟なことか?」」


 奇しくもレイラファールと言葉が被さってしまった。


「大袈裟なことです!丁度正午の鐘がなりましたので、お二人で昼食を取ってきてください!」


 そう言われ、レイラファールとイグニス共々、執務室から追い出されてしまった。

 仕方がない。予定通り嫌がらせを続行するか。


「レイラファール様。一緒に参りましょう?」


 私はレイラファールの右手を左手で握り、一階の食堂に行くように促す。だが、冷たい視線と左手が私に襲ってくるが、左手は私の結界に阻まれ、私に触れることは適わず、冷たい視線は笑顔で相殺する。


「レイラファール様。この結界を解きたければ、カトリーヌ夫人並みの魔術師にならなければ、無理ですよ。そうだよな。イグニス」


 最後の言葉はイグニスに向けて言った。魔術師団長であったカトリーヌ夫人の最後の弟子と言っていいイグニスに確認する言葉を向ける。


「ん?ああ、その多重結界は40程の魔術を同時併用しなければ、解除出来ないな。俺は面倒だからしたくない」


 面倒だからしたくないということは、出来なくもないという意味だ。その言葉を聞いたレイラファールは諦めたように左手を下ろし、歩き出す。


「そう言えば、第6師団との合同訓練の調整は上手くいきましたか?」

「問題ない」

「そうですか。こちらは延期にすることにしましたよ」

「それは必然だろう」

「あら?それはどういう意味で?」

「ぶふっ!あ、失敬」


 レイラファールとの無言で歩くのも気まずいので、どうでもいい今回急遽予定が入り予定を変更せざるおえなかった2日後の話題を話していると、後ろから吹き出す音が聞こえてきた。その吹き出した人物を振り返りながら睨みつける。


「何だ?イグニス」

「あ、いや……なんだか後ろから見ると兄妹みたいだなぁと。言い換えると、素っ気ない兄と構って欲しい妹って感じか?」


 言い換えなくていい。それは私の背がレイラファールの肩までしかなくて、イグニスの胸の辺りまでしかない事を揶揄っているのか?


「イグニス。私とレイラファール殿は同じ歳だが?」


 一応反論する。確かに血縁上は再従兄妹になるし、誕生日も私の方が後になるが、イグニスの言い方だと歳の離れた兄妹のニュアンスだ。


「ふっ……妹……」

「レイラファール様。私はシャルディア様とは違いますよ」


 失笑したレイラファールに私は彼の妹のシャルディアとは違うと言っておく。シャルディアはいい意味で貴族らしい令嬢だ。公爵令嬢である自分は敬われるべき存在で、王族以外の誰もが跪くべき存在だと。


「お祖母様が、マリ様の部屋という物を作っていらっしゃるのだが……」


 カトリーヌ夫人!何を作っているのですか!

 怖ろしすぎて詳細は聞きたくない部屋だ。


「シャーリーがよくその部屋に入っていたなと」

「それは洗脳教育でしょうか?カトリーヌ夫人のお祖母様好きは普通を逸脱していると思っています」

「いや、常識に囚われた自分を壊してくれた恩人だとおっしゃっていた。それはアリシアローズ嬢にも言えることだろう?」


 それは世界という常識が違っていただけで、お祖母様からすれば普通だったはずだ。そして、それは私にも言えることは否定しない。この世界の常識をもっているのであれば、私はきっとこの場にはいなかっただろう。大人しく両親の言うことを聞く貴族らしい令嬢になっていたに違いない。


「常識外れ、英雄という名の厄災を顎で使い、戦線を地獄に叩き落とす魔女ですね」

「そこまでは言っていない」


 ため息混じりで私の言葉を否定した声は、ざわめきと悲鳴と多くの視線にかき消されてしまった。


「イグニス。3人分の昼食をもらって来てくれ」


 天井が高く無駄に広い食堂に足を踏み入れた私はイグニスに昼食を取ってくるように言う。食堂と言っても一つのメニューがあるだけなので、選択肢などは存在しない。そのため、イグニスに頼んだのだ。


 私とレイラファールは上官用のスペースに向かう。ここには貴族も平民も分け隔てなく使う共有スペースだが、一般騎士と上官との席は分け隔たれている。と言っても観賞植物の壁があるだけだが。


 そして、無駄に広い原因が上官用のスペースにある。一般騎士はテーブルと椅子しかなく、相席が常識の配置となっているが、上官用のスペースは、高級ソファであったり、カウチであったり、テラス席であったり、観賞植物で囲まれた個室風のスペースだったり、至れり尽くせりなのだ。


「レイラファール様、どこの席にされますか?」


 笑顔でレイラファールに尋ねると、カトラリーを落とす音に、誰かが咳き込む音、吹き出す音が周りで響き渡る。


 しかし、レイラファールは答えず、そのまま足を進め、観賞植物に囲まれた個室風のスペースに向かっていった。興味津々の視線がうざいということなのだろう。


 観賞植物を背にしてソファに座って長い足を組むレイラファールの隣に勿論座る私。後ろからブスブスと視線が突き刺さるが気にすることではない。


「お、ここにしたのか」


 ウエイターの様に両手と腕にトレイを乗せたイグニスが声を掛けてきた。本当に食事をもらってきたのかという早さだが、それはいつものことで、イグニスが近づくとモーゼの海の如く、人垣が割れていくので、いつの間にか先頭に立っており、昼食を確保することができるというものだ。

 器用にトレイをテーブルに置いていくイグニス。騎士で食っていけなくなったら、ウエイターでもいけるかもしれない。いや、その前に店から叩き出されるのが落ちか。


「第3師団長。ご一緒しても構わないか?」


 平民出のこの男には貴族を敬うという常識をその辺に捨ててきたのか、私に対してもそうだが、他の師団長に対してもぞんざいな言葉遣いだ。まぁ、英雄の称号を持ったイグニスに今更言葉遣いを指摘する者もいなくなった。


「ああ」


 レイラファールは了承の返事をするが、この状況では了承するだろうな。イグニスがいることで、私と二人っきりという状況を避けることができる。


 そこに割り込んでくる声があった。


「これはどういう風の吹き回しですか?」


 蒼穹を思わせる蒼い髪が印象的な第5師団長が、観賞植物に囲まれた出入り口に立っていた。優男風の容貌だが、中身はサイコ野郎だということは、同じ戦場に立った者なら誰もが知る彼の素顔だ。今回も面白そうなものを発見したので、近寄ってみただけだろう。


「貴公には関係ない」


 確かに関係はない。レイラファールはさっさと去れと言わんばかりに第5師団長を睨みつける。


「昨日、お二人が休暇を取っていたことと関係しますか?」


 師団長が休みを取っても他の師団長に何かしらの迷惑をかけることにはならないので、わざわざ知るようなことではないが、私が休みの場合は全師団長に知らせられることになっている。主にイグニスの件で迷惑がかかるかもしれないからだ。そこにレイラファールも休暇を取っているとなると、何かあるのだろうとゲスな勘ぐりをしてきたのだろうが、この状況ではそのゲスな勘ぐりが当たっていたのか興味があるという感じか。


「なんだ?第5師団長は気になるのか?」


 私は不敵な笑みを浮かべて第5師団長に聞いてみる。


「気になりますねぇ。氷の騎士殿が青薔薇の魔女殿と仲良く手を繋いでいるなんて、天地がひっくり返ってもありえないことが現実に起こっているではないですか」

「仲良くない」


 正確には手を繋いでいるのは私であって、レイラファールからではない。そして、レイラファールからは殺気も漏れ出していた。



_________________

数ある作品の中からこの作品を読んでいただきましてありがとうございます。

明日からは1話ずつ更新します。


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