第2話 トラウマになってる?!
「実はレイラファール様の婚約者の方が中々決まらず、我々はとても心配しているのです」
執事が語りだしたが、レイラファールも私と同様に婚約者が居ないのが現状だ。それは公爵家の嫡男としてはありえなかった。いや、正確には婚約者というべきご令嬢はいたのだ。確か侯爵家のご令嬢だったと思うが、一度二人がいるところを目にしたことがある。ご令嬢はエスコートをしてもらおうと手を差し出すがレイラファールはそれを無視して歩き出すという場面だ。普通なら有り得ないこと。その侯爵令嬢は3年ほどレイラファールの婚約者に収まっていたが、それ以外にも色々あったのだろう。一年程前だったか、婚約が解消されたという噂が私の耳にも入ってきた。
そのご令嬢以外にも数人婚約者となる令嬢がいたが、長続きはしなかった。それを使用人共々心配しているということなのだろう。
「レイラファール様の女性嫌いにも困ったものですが、第8師団長を勤めていらっしゃいますフォルモント公爵令嬢には普通に接しているようにお見受けしましたので、これはいけるのではないのかと、アスールヴェント公爵様に提案させていただきました」
まぁ、仕事柄レイラファールとは話すこともある。同じ年で師団長にまでなった者は私と彼しか居ないので師団同士で組んで行動することも幾度かあった。
「ただ、フォルモント公爵家から良い返事が中々もらえず、先日やっとフォルモント公爵様から良い返事がいただけ、この縁談がまとまった次第であります」
ん?ということは今日の午前中の話は元から断わられる前提で話が進んでいたということか。それはそれで酷いのではないのだろうか。
私は今日のためにわざわざ休みをとって……いや、もしかして私に休みを取らせる事が目的の縁談を用意して本命はこちらだったと?ちっ!約束の日が近くなってきたらか、お祖父様まで出てきて容赦がなくなってきている。
「執事殿。一つよろしいでしょうか?」
「私めのことはロギスとお呼びください」
「では
私は公爵令嬢としてではなく、一個師団をまとめる者の団長としての態度をとる。
「私は第8師団をまとめるものだ。レイラファール殿は第3師団長としてその席をおいている。そして、アスールヴェント公爵の地位を受け継ぐ者だ。この話を進めると公爵自身と公爵夫人が師団長という立場にあることになる。それとも、私に師団長の地位から降りろと言っているのか?」
これでも私は第8師団というものを確固たる存在になるように築いたと自負している。その私に公爵夫人になれと言っているのかと、そして女の癖にその地位にしがみついておらずに、さっさと降りろと遠回しに言っているのかと、執事を脅すように殺気を混じえた。
「滅相もございません。魔女の異名をもつフォルモント公爵令嬢に師団長の地位から降りるようになどとは露ほどにも思ってはおりません。先代の公爵様と奥様のように我々はその立場を支える者でありますから」
前アスールヴェント公爵と夫人の事を引き合いに出されてしまえば、私は上げた拳を降ろさなければならない。
前アスールヴェント公爵は公爵でありながら統括騎士団長の地位まで上り詰めた御仁であり、その奥方である公爵夫人は魔導師長の地位にいた人物だ。公爵という地位にでも別の立場を持つお二人だった。今は隠居して領地に籠もっていることが多い。
「では、レイラファール殿がトラウマを克服されたと受け取ってもよろしいのか?」
振り下ろした拳をそのまま素直に引き下げる私ではない。私は別のカードを切ることにした。レイラファールの女嫌いは治ったのかと聞く。勿論治っていないことは知っている。先日もはしたないご令嬢に抱きつかれて、思いっきり突き放しているのを目にしたのだから。
「そ……それは……」
執事は私の質問に答えられないようで歯切れが悪くなってしまった。私は内心ほくそ笑む。これはいけそうだ。
「レイラファール殿も私が婚約者など嫌であろう?私からはとある理由から断れないので、そちらから断ってもらえないだろうか」
今度はきれいな顔であるのに、その顔をしかめているレイラファールに話しかける。実際に彼はモテる。美人と言っていい容姿に次期公爵という地位が確約されており、現師団長としてあるのだ。
だが、女性に近づくなオーラを発し続けている。だからといってBとLなのかと言えば、そうではないらしい。己を女扱いするヤロウーには容赦なく腰に佩いている銀の刃を向けている。
「残念ながら、俺の方から断ることを禁じられている」
なんだって!禁じられるってどういうこと?あれか!婚約者が代わり過ぎて、これ以上婚約者が変更なる醜聞を押さえたいということだろうか。いや、それは今更だろうというのが、個人的な意見だ。
しかし、困った。私も断ることが出来ず、レイラファールからも断れないとなると、このまま婚約者に成り、私が公爵夫人となる未来しかなくなってしまう。そんな未来は避けなければならない。
「ですから、フォルモント公爵令嬢であれば、大丈夫でしょうと考えたのであります」
言葉を濁していた執事がなんとが繰り出してきた言葉が、私であれば大丈夫だと?それこそ鼻で笑ってしまいそうになる。
私はすっと立ち上がり、ローテーブルを挟んでいたレイラファールの横まで颯爽と歩いていく。そして私を不機嫌そうに見上げるレイラファールを私は見下ろしながら、邪魔な長い黒髪を高く一つに結っていた赤い簪モドキを抜き取り、レイラファールが動き出す前に隣に座り、彼の右手を押さえながら胸にしがみつくように上目遣いで見上げる。
「レイラファール様から断ってもらえませんか?」
撫で声でレイラファールに問いかける。するとレイラファールは逃げようと腰を浮かすが、第8師団長までなった私から簡単には逃げられるはずもなく、右手を押さえているので、剣を取ることもできない。
「やめろ!離れろ!」
空いている左手で私を引き剥がそうとするが、私が作った結界に阻まれて私に触れることもできない。
「一言、この話はなかったことにとおっしゃっていだたければ、よろしいのですわ」
レイラファールの美人の顔にポツポツと蕁麻疹が出てきだした。これほどとは、少しやりすぎただろうか。
私は仕方がなく、レイラファールから距離を取るが、攻撃されそうな右手は押さえておく。
「
私は背中を丸めて肩で息をしているレイラファールを可哀想な者を見る目で見つめる。蕁麻疹が出るほどのトラウマになっていたとは……。しかし、蕁麻疹ってアレルギー並みの扱いなのか。
それと気になっていいることが、先程から使用人用の扉の向こうからキャーキャーという声が聞こえてくる。私は落ちてきた黒髪を鬱陶しいと払い、足を組み扉の方に視線を向けた。
『ほら、バレてしまったでないか』
『でもでも!』
『エルシーが怒っているな』
ん?この声は……私は気取られないように最小限の魔力で扉の前に転移をする。扉の横で待機している使用人には驚かれたが、声を出さないように示唆して思いっきり扉を開けた。
そこには三人の老人が扉の前に立っていた。一人は白髪が混じった金髪に氷のような青い瞳が印象的な前アスールヴェント公爵。御年66歳のレイラファールとは似ても似つかぬ体格の良い武人と言っていい御仁だ。
その隣でキャーキャーと言って私を見ているのは天色の髪に金色の瞳を持つ老婦人だ。何故か一番の祖母のファンであり、私を可愛がってくれている前アスールヴェント公爵夫人だ。
そして、何故ここにいるのだろうか。犬猿の仲のはずの私のお祖父様。隣にいる老婦人と同じ天色の髪に金色の瞳の
「お祖父様。怒っているとわかっていて、何故この話を了承されたのですか?」
私は苦笑いを浮かべている祖父に問いかける。
「あと、半年だからね。このままだとマリのように、ふらりとどこかに行ったまま居なくなりそうだから」
祖父は私の黒髪を優しく撫ぜながら、私を見ながら私ではない誰かを見ている。
私は祖母を亡くなったと言い、周りもそう認識しているが、祖母は忽然と姿を消したのだ。ピクニックに行こうと幼い私と兄を連れて祖母と数人の使用人で、大きな泉のある森に行ったのだが、昼休憩を取った後に祖母はこつ然と姿を消したのだ。
この原因は私自身だと思っている。この時、私は一緒に泉を覗き込んでいる祖母に尋ねたのだ。
『マリは元の世界に帰りたい?私は人生を一つ終えたから、受け入れられるけど、後悔があるのなら、泉の女神様に願ってみればいいよ』
行った先の泉は勇者に力を与えたという逸話が残る泉だったのだ。祖母が望むのであれば帰れるのではと。
『こんなおばぁちゃんが帰ってもねぇ。私が、戻ったらアイツが怒りそうだし、ここには家族もいることだしねぇ』
『そこは同じ時間に同じ姿で戻れるように願うのが定石でしょ。まぁ、お祖父様が追いかけて行きそうだけどね』
『そうねぇ。ふふっ』
お互いにお互いの事情は話してはいなかったけれど、何となく祖母と私は察していた。転移者と転生者であると。
そうねぇと言った祖母は寂しそうに笑った。それはどちらを選んでも後悔するということだろう。元の世界に残して行った者と、この世界で作り上げた家族という者。天秤に掛けてもどちらに傾くことはないだろう。
だが、祖母は昼の休憩の終わりぐらいに一人で泉の側にいたのだ。そして、忽然と姿を消した。
私はその時に思った。
ああ、元の世界に還ったのだと。
勿論その後に祖父は大いに暴れた。共に付いていった使用人たちを責めだしたのだ。だから、私は一言祖父に言った。
『泉の女神様がお祖母様の願いを叶えただけですわ。責めるのであれば、彼らではなく泉の女神様に怒ってくださいませ』
ああ、この時はまだ、お嬢様言葉を強要されていたので、このような喋り方だった。
それから、お祖父様は森の泉に通うのが日課になってしまった。その内本当にお祖父様があちらの世界に行ってしまいそうだと内心思っていたが、泉の女神様は未だに祖父をこの世界にとどめているようだ。
しかし、この犬猿の仲の二人が組むとろくなことがないような気がするのは私だけなのだろうか。実際に二人は隠居して権力というものから遠ざかっているが、その発言力は現役のままだと言っていい。なんせ、祖父は長年この国を支えた宰相の地位にいた人物なのだから。
「それから、この格好指定はなんですか!私はお祖母様ではありません!」
お祖父様にこの格好への文句を言う。だが、その答えは別のところから返ってきた。
「それはわたくしがお願いしたのよ。だって、アリシアちゃんその格好してくれないじゃない」
先程から、キャーキャー言っている老婦人からのリクエストだと言われてしまった。しないよ。この格好はお祖母様を知っている人から見れば滑稽に映ることだろう。
「カトリーヌ夫人。ですから、私はお祖母様ではありません」
「わかっているわ。でもでも!レイちゃんとアリシアちゃんのラブラブを見ているとマリ様にいいようにあしらわれているお兄様を思い出してしまったのよ」
いや、全くラブラブではなく、嫌がらせをしていただけだ。しかし、歳を召してもミーハー感が抜けない人のようだ。
「で、この無謀と言える縁談の黒幕はどなたですか?」
私は冷たい視線を三人の老人に向ける。すると二人の人物の視線が一人に突き刺さる。
流石兄妹ということだろう。向けられる視線のタイミングが全く同じだった。そう、この縁談をゴリ押ししてきたのは前アスールヴェント公爵だったようだ。
「いやな。アリシアが20歳になれば貴族籍から抜けて自由にしていいという誓約を聞いてな。これは止めねばならぬと思ったんじゃ。丁度孫に婚約者がおらぬし、ロギスからも良いのではとお墨付きをもらったしのぅ」
そう、私に婚約者もおらず、結婚もしていなければ、20歳になったときに貴族籍を抜けるという誓約をしているのだ。ただ、条件として私から相手を拒んではいけないということが課せられている。
貴族の嫁なんて絶対に嫌過ぎる。
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