第670話 十二月十三日『くるみ割り人形』第二幕(四)園香衣装替え

 舞台で、この『スペインの踊り』が始まったところから、園香そのかは、一旦、舞台袖ぶたいそでにハケて、そこで衣装を着替える。第一幕のクララの衣装から第二幕の『金平糖の精』のチュチュに着替える。舞台袖ぶたいそでに控えている衣装係の由香と一花いちかが園香の着替えを手伝う。


 ここで園香が着る衣装は『金平糖の精』の衣装。この作品のクライマックスで主役が踊る踊りの衣装だ。王子役の恵人けいとと一緒に踊るグラン・パ・ド・ドゥの踊りだ。男性と一緒に踊る踊りなので、踊りの中で男性がサポートをするとき衣装に指が引っ掛かったりすることがないよう、衣装の背中もしっかり糸で縫う。

 女性のターンを男性がサポートする際、高速で回転する女性の衣装の隙間に男性の指が取られると怪我をする。

 女性のチュチュは背中を数か所、鍵ホックで止める衣装だが、それだけでは鍵ホックと鍵ホックの間に隙間ができる。そこを糸で縫い合わせる。

 由香が衣装の背中を縫っている間に、一花いちかが園香の頭にティアラをつける。


 園香がいつも驚き感心させられるのは、由香や一花いちかたち衣装係の裁縫、縫製の技術だ。その速さ、手際の良さにも驚かされるが、舞台袖ぶたいそでというのは暗い。

 特に早替はやがえの時は、舞台のそで近くで着替える。この時、舞台は暗転していることが多い。舞台が暗転して暗くなっているとき、舞台袖ぶたいそでが明るいと舞台に光が漏れてしまう。だから、舞台袖ぶたいそでも真っ暗。その真っ暗な中で着替える。

 由香や一花いちかたち衣装係は、前以って準備もしているが、急な対応のときには、この視界ゼロの暗闇の中で、針に糸を通し手際よく衣装を縫うことができる。大人の衣装も、小さな子どもたちの衣装も、この真っ暗闇の中で、針に糸を通して手際よく縫う。

 それに驚かされる。その技術の高さに圧倒される。


 この園香の衣装替えの時も、まったく手元を見ずにサッと針に糸を通した後、素早く衣装の背中を縫った。

 ティアラを付けてくれる一花いちかも片手で園香の頭にティアラの位置を決め、もう一方の手でウエストポーチからヘアピンを取って手際よくティアラをとめていく。ウエストポーチの中のたくさんの種類のヘアピンの中から適切なヘアピンを取り出し素早く取り付ける。

 その速さに驚かされる。


 園香が由香と一花いちかのところに来て、クララの衣装を脱いで『金平糖の精』に着替え終わるまで一分かかっただろうか。

 一瞬で早替えを終えると、由香と一花いちかは園香に、

「頑張ってね」

 と声を掛けて他の出演者の衣装のチェックに行った。

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