煙草

花宮零

煙草

 いつからだろう。煙草の匂いが、いつの間にか心地好くなっていたのは。


 小さい頃は、煙草が大嫌いだった。体に害しかないし煙は臭いし、吸ってる本人だけでなく周りにまで害を与える。そんな煙草が存在すること自体、幼いながらに許せなかった。

 しかしふと、街を歩いていて煙草の煙を纏うことがある。昔は不快だったあの匂いが、今は不思議と心地好い。受動喫煙で得られるニコチンの量がいくらかは知らないが、その影響を受けているのだろうか。


 私の家族は煙草を吸わない。尤も、父は私が産まれる前までは吸っていたらしいが。


 まだ自我が芽生える前、父の上司と父と母と幼かった頃の私と、その私よりもっと幼かった弟と一緒に居酒屋へ出かけたことがある。その時父の上司が煙草を吸った。歩き煙草だった。あれが人生で初めて煙草を吸う人に遭遇した経験かもしれない。父の上司は、吸殻を地面に捨て、革靴でぐりぐりと踏みつけた。それが歩き煙草をした後の吸殻の処理方法だと知ったのは、もう少し後だ。


 私の友人の話か、友人の友人の話か。どこがソースだったか忘れてしまったが、その人が幼い時分、歩き煙草の火が当たり、その火傷の跡が一生残っているそうだ。


 「一生」という言葉を、私達はよく使いたがる。「一生」友達。「一生」愛してる。「一生」このままでいたい。「一生」。「一生」。




 そして今、私は煙草を吸える年齢になった。何人目かの彼氏が吸っていたマルボロを、吸えるギリギリまで吸い灰皿に落とす。ライターは、マルボロを吸っていた彼氏とは別の元彼から貰ったイギリス製のものだ。昔の男を引き摺っている女は重いと聞く。だとすれば私もそこに分類されるのだろう。そんな一般論に反論する気力は煙草の煙とともに宙へと放った。今の私には、ニコチンの力で目の前にある仕事をこなし、タールによる体への悪影響で寿命を削ることしか考えられない。それも、煙草の影響なのだろうか。

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煙草 花宮零 @hanamiyarei

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