キミとの出逢いの物語

水無月杏樹

第1話

「ありがとうございました」

 扉を出たところまで見送り、樹は笑顔で丁寧に頭を下げた。

 三十代半ばの男性とその彼女。

 二人からも「ありがとう」という言葉を受け取り、口元に笑みを浮かべて店内に戻る。

いつきクンは、やっぱり接客業の方が合うだろう?」

 飲み終わったグラスを片付けながら伊織が樹に話しかけてくる。

 バーの暗い店内に一際明るく輝く金髪。

 いや、伊織いおりは金髪ではなくても同じぐらいのオーラを輝かせているのだ。

「そうですね。もっと言うならクリエーター系の」

「クリエーター系?その言い方いいね」

 カクテルも創作物として考えると、その言い方は間違っていない。

「まぁ、前職は半年で辞めましたんで」

 苦笑いをする樹だったが、そんな彼を見て伊織は続けた。

「前職って、貿易会社だった?」

「はい。事務作業で、書類やパソコンとにらめっこしてました」

 新入社員の研修も兼ねてやり方を教わっていた最中で、本格的な業務には就く前だったとはいえ、机の前でこなしていく仕事が性に合わなかったらしい。

「お客さんの顔が直接見える仕事の方が、オレは好きです」

 喜んでもらえている表情が分かる仕事が良いとのことだ。

 樹はそこで口をつぐんだ。

「ま、何事も経験だよね」

 きらきらした光を放ち、伊織は笑っている。

「オレ、愛想は良くなったでしょ?」

「まだそんなこと言ってるのかい?」

 不意に樹が言った言葉に、伊織が反応した。

「樹クンは十分愛想いいよ。あの時とは違う立派な樹クンだよ」

「オレも成長したってことです」

 洗った手をタオルで拭きながら樹は満足そうにニッと笑った。

「あの時、って何だ?」

 オーナーの篠原が話に入ってきた。

 店内には今客はおらず、のんびりした空気が漂っている。

「大学生の時、失礼な伊織さんが――」

「ああもう、樹クンは記憶力がいいねぇ」

 そう言って伊織は肩をすくめた。

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