第18話 ホームルーム
その日の六限目はホームルームであった。
今日は文化祭の出し物と係を決めるらしい。
僕は、文化祭なんて面倒臭いので早く終わればいいのにと思っていた。係も楽なやつなら、何でもいい。去年の文化祭は、係の時間以外は図書室でずっと本を読んで過ごしていた。文化祭で友達とクラスの出し物を回りながら食べ歩きするなんて、リア充のすることだ。文化祭中も開放されていた図書室は非リアのオアシスだった。
そういえば、図書室の隣に部室がある文芸部が部誌を配布していたのをチラッと見た気がする。あの時、僕が少し勇気を出して部誌をもらいに行っていたら、浅羽さんの作品が読めたはずだったのに。
それに、文化祭は十月だろう。何でこんな早くから準備し始めるんだ。夏休み明けでいいじゃないか。
「文化祭も今回で二回目です。昨年よりもより良いものになるように、クラス全員で力を合わせて頑張りましょう」
司会は学級委員長の大久保君。
彼の「頑張りましょう」の後に「オォー!」と掛け声が上がる。何で、このクラスは無駄にノリがいいんだ。
「じゃあ、早速、意見のある人は手を挙げて」
「ハイ、俺はメイド喫茶がいいで~す」
「ゴメン、却下。飲食系ができるのは三年だけ」
「ちぇっ、何だよ~」
クラスから笑いが起きるが、僕はいつもの仏頂面だった。浅羽さんはこのクラスを見てるだけで楽しいって言っていた。このノリに付いていけたら、きっと学校生活も楽しいのだろうなと思う。
その後いくつか意見が出て、司会の大久保君が話し合いのまとめに入った。
「じゃあ意見も出なくなってきたので、そろそろ多数決を取ります。劇かバザーか水風船キャッチの三つの中から一つ選んで、手を挙げて下さい」
まあ一番大変そうな劇はないな。水風船キャッチは多分、楽だよな。
そして、多数決の結果。
「文化祭の出し物は、劇に決定しました~」
一番避けたかった劇になってしまった。
一番大変そうなのに、クラスの半分以上が劇をやりたいというのが驚きだ。
何で、文化祭でそんなに燃えられるんだよ……。こうなったら、裏方で一番楽そうな係になるしかない。
「えーと、係決めをしたいところですが、あまり時間がないので、脚本だけは決めたいと思います。物語を書くのが好きな人で、誰かやってくれませんか?」
手を挙げる者は誰もいない。
劇やりたいってノリノリだったじゃないか。誰か手挙げろよ。
「ちょっと、皆、さっきまでのノリはどこに行ったんだよ。誰も手挙げないんなら、俺が勝手にくじ引きとかで決めるけ……ど。って、浅羽さん、やってくれるの?」
浅羽さんが控えめに手を挙げていた。
「……えっと、私、文芸部だから、小説書くのとか慣れてるから……」
まあ文芸部に入っていて小説も書いたことある浅羽さんなら適任だろう。
「ありがとう、浅羽さん。助かったよ。……でも一人じゃ大変だから、他にも誰かいないか?」
再び沈黙。
「……う~ん、じゃあ、俺が個人的に推薦するけど。……橘、お前にもお願いできる?」
えっ、僕? 何で?
大久保君が、真っ直ぐに僕を見て言った。
「橘、いつも本読んでるだろ。だから本が好きなんだなあって思ってさ」
「確かにそうだな」「うん、脚本とか書けそう」「橘で異議なし!」
クラスの皆が同意し始める。このクラスで今まで空気のような存在だった僕が注目されている。そんな状況に混乱はしつつも……。
ちょっと待って。僕には無理だって。
「確かに本は好きですけど、僕は小説とか全然書いたことないですし……」
いや、ちょっと待て。断るのはまだ早いぞ、僕。
脚本を書くのは、僕一人じゃない。浅羽さんも一緒だ。それなら大丈夫なんじゃないか、いや浅羽さんと話す機会も増えるから、むしろ大歓迎ではないか。
「まあ、無理にとは言わないけどさ」
「いえ、やっぱりやらせていただきます。たまには、こういう経験も大切ですからね」
「オォー!」とクラスの皆が感嘆の声を挙げる。
そういえば、こんなに目立ったことも久しぶりだ。
「ありがとう、橘。これから、三人で頑張って良い脚本をつくろうな!」
「へ? さ、三人?」
僕と浅羽さんだけじゃ……。
「やっぱ、二人だけじゃ大変そうだから、俺も入ることにした。学級委員長として、何もしないわけにはいかないからな」
何だよ、その使命感。
何で、君まで入ってくるんだよ、大久保真斗!
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