第7話 「運動嫌いと運動会」

「今学期は運動会もあります。良い結果を出せるようにみんなで頑張りましょう!」

 小学校五年二組の教室の黒板の前で教師はそう言った。

 クラスメイトは盛り上がる子もいれば、表情を暗くする子もいる。

「はぁ……」

 私は暗くする方だった。運動は苦手だ。本を読んだりしている方が好き。

 憂鬱な気持ちで帰宅すると、夕食時にそのことを両親に話した。

「渚は文化系だな。走る練習でもするか? パパも手伝うぞ」

「えぇ~、しんどいし楽しくないのは嫌っ」

 運動は全般的に駄目だけど、走るのは特に嫌いだ。

 だって楽しくない。速く走れたから何だというのか。

「あ、そう言えば、こんなの見たわよ」

 ママは思い出したように言うと、スマホを取り出して画面を見せてきた。

「ナックルキックボクシングジム?」

「そう。同じ兵庫県三田市内だから結構近くて、毎週日曜日に子供用の教室を開いてるらしいわ。週一回、身体を動かすだけならどう?」

 その提案を聞いた私は悩む。それくらいなら、とも思えるけど、楽しくなかったらどうしよう、とか、先生が怖かったら嫌だな、とか思った。

「まあ、辞めたくなったらいつでも辞めて良い。とりあえず試してみたらどうだ?」

「……うん、わかった。やってみる」

 パパの後押しを受けて、私は頷くことにした。

 運動は苦手だけど、得意になれるならその方が良いんだから。



 次の日曜日、早速パパの車で『ナックルキックボクシングジム』へとやって来ていた。

 三角屋根の建物に入ると、中では子供達が楽しそうにはしゃいでいた。

 私は両親に連れられて先生のもとに挨拶をしに行った。簡単に自己紹介をした後、先生は私に向かって問いかけてくる。

「渚ちゃんはどうしてこのジムに来ようと思ったんだい?」

「今学期は運動会があるんですけど、私、運動は苦手で……」

「なるほど。それならうちはピッタリだと思うよ。みんな、ジムの練習をしているだけでも自然と足が速くなったり、球技とかも前より得意になったりしてるから」

「本当、ですか?」

 私は疑わしく思う。そう簡単にいくものだろうか。

 すると、先生は問題を出してきた。

「渚ちゃんは運動で大切なことって何だと思う?」

「えーと……筋力?」

「もちろんそれも大切だ。でも、もっと大切なのは、正確に身体を動かせること、なんだ。それができている子は、初めてやるスポーツでも上手くできたりするんだよ。君の周りにもいないかい? 何でも得意な子」

 確かにいる……と何人か脳裏によぎった。

「そういう軸の部分を鍛えることを僕は重視していてね。身も心も。君達がこれから強く生きていけるように。それに、身体が思うように動かせるって楽しいもんさ。大丈夫、渚ちゃんもきっと運動が得意になるよ」

 その言葉を聞いて、私は信頼できそうだと思った。改めて頭を軽く下げて言う。

「よろしくお願いします、先生」

「ああ、こちらこそ。よろしく、渚ちゃん」

 その後はランニングをしたり、サンドバッグを打ったり、他の子供のパンチやキックをミットで受け止めたり、こっちが打ったりした。

 結構大変だったけど、疲れたら休ませてくれたし、色々なことをするのはまあまあ楽しかった。

 あとは運動会の頃にどうなっているか。それまでにここを訪れるのはたった四回程度だけど、本当に変化はあるだろうか。ひとまずは続けてみようと思った。



 それからおよそ一月、いよいよ運動会の日がやって来た。

 パパとママも見に来ている。恥ずかしい姿は見せたくない。

 もうすぐリレーの出番だった。私は足が遅いと自己申告したこともあって二番目だ。スタートとアンカーは荷が重い。

 ピストルの音がして、リレーがスタートした。すぐに走者が迫ってくる。

 私はバトンを受け取る構えをした。落とすことだけはないようにしなきゃ。

「っ……!」

 バトンを無事に受け取り、無我夢中で駆けていく。

 以前と比べると、ずっとスムーズに腕や足が動いているような気がする。

 短い距離だが、ほとんど離されずに次の走者にバトンを渡すことができた。

 バトンは第三走者、アンカーと渡っていき、接戦の末に何と、私のチームが一位でゴールした。

「やった!」

 思わずガッツポーズをして喜んでいた。チームの他のメンバーが速かったのは間違いないが、私が前のままだったら負けていたと思う。きっとジムで鍛えたお陰だ。

 身体が思い通りに動いてくれることの楽しみが少し分かった気がする。気づけば、運動への苦手意識は薄らいでいた。

 もう、運動会と聞いて表情を暗くすることはない。私はそう思った。

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