幻惑の影と船上の二人【ローダ・スピンオフ】
🗡🐺狼駄
第1話 ルシアはドーナツが食べたい
此処は、アドノス島エディン自治区の本拠地フォルテザ砦。今やこの島を守る最重要拠点と言っても過言ではない。
一番大きな広間では、30人程が長円形のテーブルを囲って議論をしている。
「クソッ、
ドゥーウェンが怒りに任せテーブルを拳で叩く。
ついこの間まで敵方の暗黒神『マーダ』を名乗る男の配下『ヴァロウズ』で2番目に位置しつつ、大胆にもスパイ活動をしていた学者面の男である。
「止むを得ん、相手は
エディン自治区の総司令であり、最早マーダに仇なす最右翼『白の軍団』を率いるサイガン・ロットレン。
弟子をなだめる意味も含めてそう告げたのだが、失言だったと気がついて思わず自分の口を
兵でこそないが全く同じ女神を深く信仰する司祭が、この会議に参列している。
「いえ、お構いは不要です。私もロッギオネで司祭の学校に通っていましたが、正直言って、彼等とはウマが合いませんでした。サイガン様の言う通り、能力
「ただ修道兵は確かに
神妙な面持ちで彼女は、これを付け加えた。確かに理屈を超える力というのは在るものだ。
「しかしロッギオネを治めている者の情報が
ドゥーウェンをマスターと
風の精霊を飛ばし状況を調査させたが、見た事も聞いた事もない術士が
「そもそもヴァロウズの生き残りが少ないからな。この間の
戦斧の騎士ジェリドがいつもの
そもそも彼とラオの守備隊から合流している槍の騎士、ランチアとプリドールは、ロッギオネではなく、ラファンの砦を墜とす事を任されている。
あと3番目の剣士トレノと5番目の女戦士ティン・クェンについては、一度ラファンを攻め落としたとはいえ、
この二人は遊撃隊の様な存在なのだろう。
もっとも二人がラファンに現れるのであれば、今度こそ
それから6番目がいるらしいが、この者についての情報は一切
最後に残る1番目だが、これは完全にマーダの側近であるらしい。よって離れる事は考えにくい。
「……ちょっと、いいか?」
余り
彼の名はローダ・ファルムーン。騎士見習いでありながら、マーダがエドナ村を襲撃した際、途方もない力でこれを
もっとも当人はこの戦いの内容を殆ど覚えてはいない。
さらにこの間のエドル神殿奪還戦では、ヴァロウズの二丁拳銃使いレイをほぼ一人で封じこめた。
よって彼の発言権は日を追うごとに増している。
「ロッギオネは俺とルシア、二人だけで行く。ロッギオネ兵にとっては若造と女が二人加勢に来た処で何とも思うまい」
彼はボソッと言いのけた。如何にも頼りない感じなのだが、要は自分とルシアの二人さえいれば問題ないと堂々と言っている。
「それに俺達は空が飛べる。しかも
彼の事を良く知らない者が聞いたら、イカレているのではないかと思うかも知れない。
だがこのローダ、そして精霊術と武術を一体にして戦うルシアの力を疑う者は、此処には存在しない。
「しかしそれでは、此方の
ドゥーウェンはマーダとの戦い全てが終わった後の話をしている。
例え平和を取り戻したとしても、アドノス島が一枚岩にならなければ、次に大陸の相手をしなければならないのは自明の理だ。
「面子ねえ。だったら私とローダにあのおっきい奴、貸してくれない?」
金髪とエメラルドグリーンの瞳が美しいルシアが少し小馬鹿にした様な態度で、砦の外を親指で指した。
「ほぅ、アレを出すのか。確かに我々の力を示すのに最適で釣りが出る程かも知れん。よし船を出すぞ。乗組員を編成しろ」
「んじゃ、そういう事で私達は、お先に失礼しまーすっ」
「お、おぃ…」
サイガンが指示を出しているのを尻目に、ルシアはローダの背中を押してサッサと会議を抜け出した。
二人はそのまま廊下を歩く。
「あーっ、喋ったらなんか喉乾いちゃった。ねえ、このままお茶でもしに行かない? この間、あの角の所に出来たお店、ドーナツが美味しいらしいよ」
ルシアはローダの前に回り込み、後ろ歩きをしながら声を掛けてみる。
(まだ2時だぞ、腹なんか空いてないんだが……)
ローダの方は、正直そう思ったのだがルシアに
(そもそも、その顔で誘って来るのはズルいんだよな……)
「判った、付き合うよ」
彼は半ば諦め顔で返答した。勿論悪い気はしていない。
それをまるで見透かしているかの様に彼女は、ニッと笑顔になる。
ローダの手を取ってカツカツと歩みを速めた。慌ててローダも歩を合わせる。
「ところで貴方、さっき確か、さらに飛べるとか言ってたよね?」
「んっ? ああ、言葉通りだ。滞空時間も長くなったし、なんならエドナ村を襲ったマーダの様に宙で静止する事も可能だ」
もうルシアの頭にはドーナツの事しかないと思い、少し面食らったローダだが、ケロリと言ってのけたのである。
(な、なんですって?)
今度はルシアが面食らう番だ、思わず足を止めてしまった。驚いた顔をローダに寄せる。
「な、なんだよ……」
恥ずかしくなってローダは目を
(考えてみたら
エドナ村での激しい戦闘をルシアは回想する。
(……に、しても成長速過ぎよ。私もウカウカしてらんないわね)
「おぃ、どうした?」
「ううん、何でもない! さあ、行きましょう!」
ルシアは再び手を引いてグイグイ歩き始めた。砦の出口は、もうすぐそこだ。
後は能力云々の事は忘れて短いデートを楽しもうと決めた。
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