第34話 祭りが来る

 あの夜から、わたしはできるだけ注意深く生活するようになった。

 なんせ村の掟を破り見てはいけないものを見てしまったのだから。

 もしかしたら、何かの見間違いだったかもしれないと自分に言い訳をする。

 その一方で、あれに似た風景がわたしの脳裏に浮かび上がる。

 この村に来たばかりの夜。そう、わたしが初めて知らずにこの村の掟を破った夜にキヨさんが二匹の獣に犯されている光景だ。


 何も考えてはいけない。

 余計なことを考えれば、よくない結末を予想してしまう。

 わたしは何も間違ったことはしていないのに。

 村の掟だって守ろうとした。

 祭りの準備だってあんなことのあとなのにちゃんと何事をなかったような顔で参加している。


 わたしは何もみていない。

 今までと変わらずにしあわせそうな日常を続けている。


 夫であるユキトさんとは結婚してしあわせに暮らし、ときどきデートもする。

 デートのあとはリフレッシュを兼ねて家に帰らないで外泊することも少なくない。

 お隣のキヨさんとも毎日家を行ったり来たりして、キヨさんの旦那さんとも最近はいろいろ話すようになってきた。

 ユキトさんと一緒に育てている畑の実りは素晴らしく、食卓を豊かにしてくれる。

 料理の腕だって上達してきた。料理教室で得体のしれないものに触れるからか度胸がついたのか、包丁さばきに迷いはない。

 祭りの準備だってちゃんと参加している。


 わたしは何も変わっていないふりをした。

 わたしは順調で毎日変わらない。

 わたしはまともで、問題はない。


 普通にしあわせ。

 だれも、わたしにケチをつけることはできない。

 しあわせな人間を批判したとしても、それはただの嫉妬にみえてしまうから。

 しあわせせなふりをしていれば、このおかしな環境の方が勘違いをしてくれると信じていた。必死に思い込む。

 わたしはしあわせ、わたしは何も見ていない。

 何も起きていないように今までと同じ日常をすごすので必死だった。

 その日常を続けていれば、いつか元通りの日々に戻る信じて。


 そんな日々はあっという間に過ぎていく。

 自分が存在して考えない世界の時は、ときどきあっという間に過ぎていく。


 祭りがやって来た。


 奇妙なことに、祭りをする日が来るというより、祭りという存在がひたひたと歩いて近づいてくるみたいな感じだった。

 祭りの日は、確実に近づき、通り過ぎてくれるはずだった。

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