第30話 苺の花
この村に来てからどれだけの時間がたったのだろう。
よく思い出せないけれど、わたしは幸せだと思う。
毎日、忙しいけれど楽しい。
毎朝、畑の実りを収穫する。
一度作物が実るようになると何度かは収穫ができるのでなかなか忙しい。
最近では育てられるものの種類も増えて、ユキトさんにねだって苺の苗も買ってもらった。
苺の花はとても可愛らしかった。白い花びらは可憐で、トランプのクイーンが手に持っている花にそっくりだ。
今朝みると、苺ができあがっていて真っ赤でルビーみたいに美しいそれを畑で摘んでそのまま味見をした。甘酸っぱくて今まで食べたどの苺よりも美味しかった。
たくさん収穫できたので、キヨさんの家にもおすそ分けをしようと思った。
キヨさんの家におすそ分けをもっていくと、珍しく旦那さんがいた。
ユキトさんよりも年上っぽいけれど、とてもやさしそうだった。
ちょっと背が低いけれど、優しくてキヨさんをとっても愛してるって感じだった。
挨拶をすると、嫌な顔ひとつしないで、ゆっくりしていくように言ってくれた。奥さんが家のこと以外をすると嫌がる男性も多いのに、キヨさんの旦那さんはとってもいい人だ。
わたしとキヨさんは高校生のように毎日飽きずに話をする。
何をそんなに話しているのだろうと思うけれど、なぜか二人で笑っているうちにあっというまに時間が過ぎていく。
料理教室がある日はもっと時間があっという間だ。
毎回、キヨさんと一緒に向かう。帰るときも一緒だ。
蜂神さんの言うとおりに、見たことのない食材を調理する。
それが植物なのか動物性のなにかかもわからないこともときたまあった。
ただ、この前は豚の目玉を分解した。
高校の頃、生物の授業をとっていた子はそんな授業があったと聞いていたが、さすがに料理をするいでたちで、豚の目玉が出されたときは驚いた。
やはり、高校のときと同じで気分が悪くなり途中で部屋を出ていく人がそれなりにいた。
あいかわらず、作った料理を食べさせてもらえないが、豚の目の時ばかりはそれでよかったなと思う。
料理教室のあとには祭りの準備として、さまざまな作業が別な部屋で指示された。やはり、料理教室にいない女はこの村の女として人権がないらしい。それなら、わたしが入る前に一人抜けて空きがでたというのはどういうことなのだろうか。
祭りの準備は意外といやではなかった。
紙で小さな花飾りを作ったり、布にわけの分からない模様の刺繍をするように指示される。
その場に残って作業してもいいし、家に帰って家のことの合間にやってもいいらしい。
わたしとキヨさんは、たいていその場に残り作業をする。
他の女性も一緒にいるので、話しながら作業をしていると意外と時間を忘れるし、難しい作業があっても周りの人から教えてもらうことができるから。
まあ、当然ながら話題は噂話になりがちなのが少し苦手だった。
いや、いい子ぶっているわけではない。新参者のわたしは村の住人の顔を十分に覚えていないのだ。微妙にぼかしながらの噂話を理解するのは、どうしても頭を使うのでちょっとだけ疲れてしまう。
でも、各家庭からの差し入れがあるのは嬉しかった。
少し前までは人の家庭の味というのには抵抗があった。
だって、どんな風に調理したかわからないものを口にするのは怖い。他人が素手で握ったおにぎりを食べられないのと同じ感覚といえばわかるだろうか。
だけれど、この村の女性たちなら大丈夫だ。
そもそも、一緒に料理教室に通うので同じテーブルで作業をしたことがある。
作った料理を食べることはないけれど、みんな清潔で安心なことは分かりきっている。
手はよく洗うし、食材の扱い方もとても丁寧でうやうやしい。
わたしは彼女たちの差し入れを味わった。
田舎の村の祭りの準備の差し入れなのに、カヌレやマカロンなんかがでてくる。
お菓子を食べながら、こまごまとした手仕事をするのは余計なことを考えなくてすんで、心地が良い。
それにわたしは自分で思っていたほど不器用ではなかったらしい。大抵の作業は一度やってみたあと、周りの人にアドバイスをもらうとそれなりにできるのだ。
失敗するかもなんて恐れなくてもいいのは気楽でよい。
ユキトさんんとは、二人とも生活になれたのかデートに行くことが増えた。デートの行先はさまざまだが、毎回最初のデートと同じよりみちをした。
でも、村の生活に慣れすぎたのかデートの帰りはとてつもない眠気に襲われることが多い。
でも、わたしの身体も少しずつ潤うことができるようになっていく。
眠気に襲われながらも、心地のよい波を受け入れるのは悪くはなかった。
ただ、相変わらず行為の前後は体が重いのは気がかりだった。
この間はガラスにちらりと映った自分の腰回りがあまりにも肉付きがよくて思わず「あっ」と悲鳴をあげかけた。
幸せ太りというやつだろうか。それとも、祭りの準備のときに食べる差し入れの影響か。
ユキトさんの身体を観察しても特に変化はないように思えるので、わたしは差し入れを口にするのは少し控えようと思った。
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