第16話 キヨさんと約束
「具合が悪いって聞いて、心配したのよ」
午後になると、キヨさんが家に様子をみにきてくれた。
よく眠ったおかげかずいぶん気分が楽になっていた。
きっとゆうべ見たキヨさんと二匹の獣というのは何かの見間違いだ。
上品で優しい人キヨさんが、廃屋のようなところで二人の男に犯された翌日にこんな風に笑うなんてあり得ない。
「あのね、この間言っていた料理教室なんだけど……明日とかって来れそう? 実は空きができてすぐに参加してほしいって言われているの」
キヨさんが持ってきてくれた魔法瓶入りのルイボスティーとクッキーを食べているとき、キヨさんは言った。「もちろん、体調がよくないなら無理しないでね」と付け加えてくれた。
わたしは、一緒にいたユキトさんの顔をみる。「行ってもいい?」と目で確認する。大人なのに一人できめることもできないと思われるのはいやなのでこっそりとユキトさんにアイコンタクトを送った。
行きたい気もするけど、ユキトさんを心配させてはいけない。畑しごとだって一人でやってもらっているのに勝手に返事をするわけにはいかないと思ったから。あと、体調が悪いから心配って言われるかと思ったのだ。
「いいよ。行っておいで」
ユキトさんは大丈夫というように頷く。
「ああ、よかった」
キヨさんは安心したように、胸をなでおろした。
「村の祭りの準備にもなるしね」
ユキトさんはにっこりとほほ笑む。
「祭りの準備?」
わたしがユキトさんに尋ねると、キヨさんが代わりに答える。
「この村の祭りでは、郷土料理がふるまわれるの。だから、郷土料理の勉強も祭りの準備の一環ってわけ」
「……祭りの準備」
そうだ、この村には祭りがあるんだ。
この村の一員として、祭りの準備をしないといけない。
この村の一員として働こう。
それがこの村の守らなければいけないルールの一つだから。
「ぜひ、行きたいです」
わたしはキヨさんにお願いした。
「じゃあ、明日の午後にうちに来てね。一緒に行きましょう。この村のコミュニティーセンターって村人のための施設でやるんだけど、まだ行ったことないでしょう?」
そういうとキヨさんはユキトさんのほうをみる。
「そうだね」という風にユキトさんが頷く。
「コミュニティーセンター?」
「公民館っていえばわかりやすいかな」
ユキトさんがつけたす。ああ、最近は自分がかかわることのないイメージの場所だったが、子供の頃は子供会とかガールスカウトで利用したような気がする。地域の住民が集まったり、習い事をするための施設か。
いまどき、地域でそんなに集まったりすることもないから利用機会はほとんどない。おじいさんとかおばあさんが、生け花教室や大正琴をならったりする場所というイメージだ。
「村で一番人気のスポットなのよ」とキヨさんはおどけていった。
さすが田舎。おそらく他に行く場所もないからだろう。
唯一の社交の場ということなのだろう。
バザーとかフリーマーケットも定期的に開催されていそうでめんどくさそうだなとすこし思ってしまった。
だけれど、ここみたいな閉ざされた村では村に住む他の人との関係をまったくもたないのは不可能だ。
多少は社交的になって、コミュニケーションの輪に入らないと影でなにを言われるか分からない。
いや、影でなにか言われるくらいならまだマシだ。
なにか実際の生活に影響があるような嫌がらせをされたりしないように。
社交の場には適度に参加し、ちょうどよい距離感をつかむべきだろう。
わたしだけじゃなくてユキトさんのためにも。
「持ってくものは、エプロンだけでいいですか?」
「うん、エプロンだけで大丈夫。あとはやる気かな」
キヨさんはふふっと笑って首を傾げた。
大丈夫。この人と一緒ならきっとうまく村の人の輪にだって入っていける。
わたしとキヨさんは小学生の女の子みたいに明日の約束をして、指切りげんまんをした。
「嘘ついたら、針千本のーます」
自分で口にしながら、明日は絶対に料理教室に行かなければいけないと思うと少しだけおなかがチクリと痛くなった。
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