この村の因習は誰が為に

華川とうふ

プロローグ

 その光景はあまりにも異様で美しかった。


 川に浮かぶ女性の死体。


 ただ、それだけならば人々は自分には関係はないけれど世界のどこかにはありうる光景だと解釈するだろう。

 だけれど、その川はかつて村だった場所に存在する川だ。

 多くの人々の生活をささえ、潤してきた川。

 人々がその場所を置き去りにして都会に去ったあとでも、水脈は枯れることなくむしろ輝きをましたようだった。

 川底の石は透明度の高い水のベールをかぶり、自然光の下で宝石のように輝く。

 自然のままある野草は、その季節の色を映していた。


 そんな美しい川に浮かぶ女性の死体。


 その周りには彼女の死を祝福するかのように季節に逆らった花々が散らされていた。

 菫や薔薇、芥子や雛菊、ひまわり、柳の枝に……明らかに誰かの手によって用意されたものだった。


 女性の唇には紅がさされ、頬は幸福そうな淡い色に染まっていた。

 太陽にであったことがないような、生白い肌は妙に艶やかに見える。

 目を閉じていても分かる。

 この女性は生前とても美しかったことが。

 表情というものがなければ大抵の人間の魅力は分からないというのに、彼女は一つ一つのパーツの形もその配置される位置も完璧だった。



 人として生きるにはあまりにも細すぎる四肢。

 陽の光を知らない肌。

 きっと、瞳を開けばそこには心を見透かし悲しみを沈めこんだような深い湖の色があるだろう。

 白いモスリンのワンピースだけを身に着けた彼女はその静寂の中の妖精女王のようだった。


 ただ一点を除けば。


 その死体は丸坊主だった。


 無残に髪を刈り取られ、青ざめた女性の死体はきっとこのあと水を吸った布の重みで沈み、川底でその誰よりも白い骨々を輝かせる……。


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