闇の探偵~ザ・ビギニング~

@windrain

第1話 刺された男


 俺は昭和30年代に来ている。俺がギリギリ遡れる時代だ。俺が生まれた頃の昭和がどういう時代だったのか、見てみたかったんだ。


 まさか俺の目の前で、そんなことが起こるとは思わずに。


 坊主刈りのその男は、サングラスをかけ、朱いスーツを着て向こうから歩いて来た。両手をズボンのポケットに突っ込み、いかにもヤクザ風の歩き方だ。


 俺が生きていたなら、絶対に関わりたくない相手だな。


 それなのに、そいつは後ろから近づいてきた、同じような風体の男にドスで刺されてしまいやがった。


 俺は、倒れたそいつに咄嗟に駆け寄ってしまった。刺したやつは、とっとと逃げ去っていた。


「きゅっ、救急車、をっ・・・」


サングラスが外れたそいつの目は、意外なほどつぶらだった。


「・・・死ねないっ・・・女房っとっ・・・娘っ・・・がっ・・・」


 そいつは俺に向かって右手を伸ばしているが、その手は小刻みに震えている。


 俺に救急車を呼ぶ手立てはない。ケータイは持っていないんだ。いや、ケータイはまだ存在しない時代だ。

 近くに公衆電話もない。どこかの家に駆け込んで電話を借りるしかないが、この時代に電話があった家はまだそう多くはない。


 そしてそれ以前に、間に合わないだろう。この男は、死ぬ。


 くそっ、何てこった。俺の目の前で死ぬなんて。


 もう、俺の『能力』を使うしかないじゃないか。



 俺は生まれてから今までの、いつの時代のどの場所にも行ける。戦争や災害規模の被害はどうすることもできないが、一人二人の人間ならば、俺が過去を変えることによって救うことができる。


 それは俺が既に死んでいる人間だからだ。俺は冥府魔道(めいふまどう)に堕ちた悪霊から・・・それは俺の元カノだったんだが・・・その能力を引き継いだ。


 そして、俺が成仏するためには、この能力を誰かに引き継がなければならない。


 それまでの間、俺はこの世と冥界の間をさまよい続ける。


 俺の名は沢木憂士(さわきゆうし)。享年60歳。

 だが、俺の精神年齢は20代から何も変わっていない。ゆえにデフォルトの俺の外見は20代だが、60歳までのいつの姿になることもできる。


 俺は、過去へ行く『能力』を発動した。

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