第6話


「ママ、ただいま、ご飯もうできたー?」


 無邪気に問いかける声は、テーブルに並べられた料理ですぐに歓喜のモノへと変わる。


 これは罰だ。今のこの状況は、私へ向けられた罰なのだ。


 事ここに至り、ようやくそう受け入れることが出来た。ロコモの視線にはまだ恐怖を感じるが、それも、拒絶してはいけないものだ。


「いただきまーす!」


 ユウタの声が居間から聞こえてきて、心の中で、召し上がれ、と返す。


 その足元では、ロコモがじっと座り込んでいる。


 目の前の餌の盛り付けられた皿に顔を埋めるけれど、口がなければそれを取り込めるはずもなく、ただ小枝のヒゲと、雪の鼻が餌に押し付けられているだけ、という光景になっていた。


 ふと見ると、昼間の晴天が嘘のように、また大雪が降っていた。これで三度目だ。


 この大雪の度に、我が家には雪だるまが増えていく。裏庭にある死体の意思を受け継いで、ゆっくりと家の中で溶けながら、かつてと同じ暮らしを続けていく。


 これは罰だ。家族へ無償の愛を捧げることを忘れてしまった私へ、神が下した罰なのだ。


 雪だるまは温かくなれば溶けて消える。それまで、私は彼らに、今度こそ無償の愛を注いでやらなくてはならない。彼らの全てを、受け入れてやらねばならない。


 雪はさらに激しくなる。


 おそらく翌朝には、あの夫が雪だるまになって裏庭に立っていることだろう。我が家に戻ってきた時、何をするだろうか。なにも気付かずに新聞でも読みだすのだろうか。そのまま仕事へ行こうとしたりするのではないだろうか。


 ロコモが死んだ前の夜、酔っ払ったまま湯船に沈められ、溺死させられたことは覚えているのだろうか。ひょっとしたら、そのまま裏庭に埋められたことも思い出して、私へ怒りと憎しみを向けるかもしれない。だとしても、私はそれを受け入れねばなるまい。


 そこまで考えて、また一つ思い出した。雪だるまとなったあの人は、最初にあれを見てどう思うのだろう?


 スコップを振りかぶり、その勢いのまま雪で滑ってひっくり返り、花壇に頭をぶつけて、あっさりと死んでしまった私の間抜けな姿を見て、少しは慌てたりするだろうか。


 そんな様子を思い浮かべたところでふと、自分が笑った気がした。


 だが頬に触れても、小枝の手の先に引っかかった雪がトサリと削れて落ちるだけで。



 窓に映る自分は、やはり不細工に雪玉を積み上げて作られた、雪だるまの姿のままだった。

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ゆきだるま 剣山 @80GB

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