第2話


 ロコモ、とは我が家で飼っていたダックスフントの名前だ。ユウタの7歳の誕生日に買ってきて、それ以来一番の友達として、いつも仲良く遊んでいた。今はソファの前で、蹲るようにじっとしている。


 外に連れ出しても大丈夫だろうか。そう思いながら、ユウタの方へゆっくりと顔を向ける。言葉の一つ、相槌の一つも打たずに、ただ見つめるだけになってしまったが、それでユウタは満足したのか、


「ロコモ、おいで!一緒に遊ぼう!」


 声をかけながらくるりと反転して廊下へ出て、そのまま右の玄関へと駆けて行った。そのまま、ユウタの後を追うように、水たまりを跳ねる足音がもう一つ続く。


 水音が玄関の方へと消えていけば、あとに残るのは床に散らばった水たまりだった。包丁を手放し、ゆっくりと、まるで老人のように拙く屈んで、台所から居間、廊下と続く水たまりを、雑巾で拭いていく。


 焼け石に水だと思う。


 ソファも絨毯も、机も、既にどれも水浸しになっていて、わざわざ床だけ拭く意味など、ほぼないに等しい。だが、やらずにはいられなかった。


 廊下へでて、そのまま玄関の方も拭こうと右を見て、


「……っ!」


 ひゅっと、悲鳴を飲み込んだような気がした。


 廊下の先で、ロコモがじっと、こちらを見つめていたのだ。まるで人形のようにじっと向けられる視線には、未だに慣れることがない。



――何が言いたいの?私に何をしてほしいの?



 そう気丈に言い返せれば、まだよかった。


 だがそれは心の中で思うのがやっとで、実際の身体は、ただその場でカタカタと震えるばかりだった。


「ロコモ!早くいくよ!」


 ユウタの声が聞こえると、ロコモはふいっと興味が失せたように反転し、ぴょんぴょんと水音を響かせて跳びながら、ユウタの所へと向かっていった。こちらへ手を振るユウタに、震えを隠すように小さく振り返し……。


 玄関のドアが閉まると、潰されてしまいそうな圧迫感は、多少は楽になった。

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