第56話 温泉
アンリとディアスとオクタヴィアの三人はマリエスブールの街を離れ街道を北へと進んでいく。
「この先に廃村があるんだ」
ディアスは地図を睨みながら、口を開いた。
「昔は銀山や温泉があったんだが、銀山が閉山して、住人がマリエスブールへ移住したらしい」
「……瘴気の濃度が少し上がってきたな」
アンリが腕につけている瘴気計の針が少し揺れ動いている。
「村の周囲の瘴気濃度が昔より上がったこと、あとはラディナ盆地へ向かう街道を新しく整備した時に新道から外れた場所になったからって理由もあるな」
「今回はその廃村周辺の調査をするんだ?」
ハルバードを携えた黒髪のシェイマの女オクタヴィアは干し肉をかじりながらディアスに尋ねた。
「そうだ、この辺は魔獣も出るしよ、人肉の味を覚えた魔獣は厄介だ……喰らった人の魔力を糧にして変異強化する場合もあるしなぁ……」
……剃髪の女修道騎士が街道の見回りをしている。
「……この新街道沿いでも魔獣が出るのか?いや、盗賊対策か」
「あの剃髪の修道騎士はマルテル派だね、マルテル派の修道院があるんだ」
街道から少し離れた丘の上に建つ古びた修道院をオクタヴィアが指をさした。
「カストルは中央教圏で国王の冠を中央教会の教皇が授けるんだよな、マルテル派もいるのか」
カストル王国の生まれではないディアスが口を開く。
「……カストルは農村部は中央教会の信徒がほとんどだけど、都市の商人はマルテル派が結構いるよ」
オクタヴィアがクルミを食べながら応える。
……暫く進むと小さな宿場町が見えてきた。
「……宿場町の少し手前辺りに旧街道の入り口があるはずだが……あった、ここだ」
ディアスは地図を見ながら宿場町へ向かう道を逸れて脇道へと入っていく。
「……大分荒れてるな……目的の村はこの先だよな」
「ああ、そうだ」
旧街道の至る所で倒木が来訪者を拒むように横たわっている。
「馬車で通るのは無理だろうなぁ」
人気のない旧道が山間の沢に沿って曲がりくねってのびている。
「先に何かあるよ……山小屋かな?」
オクタヴィアが前方を指さす。
「何だろうな」
……オクタヴィアは小屋の扉を開ける。
「……中はそれほど荒れてないね……猟師が利用してたりするのかな」
小屋の中にはスコップやロープや薪が保管されていた。……彼女が小屋の周囲を見回すと、何やら近くの沢から何やら湯気が立っている。
「あれってもしかしたら温泉じゃない?」
オクタヴィアは沢へ降りていくと水辺の礫に手を当てる。
「温かくなってる」
彼女は河原の石や流木をどかしていく。
「こんなところに温泉が湧いてるのか」
「ねえ、アンリ、ディアス休んでいこうよ」
「そうだな……少し休んでくか……なあディアス?」
「……だな、休憩するか」
「ヤマビルとかついてないよな……」
アンリはブーツを脱いで確認する。
「その装備ルーネのやつか?瘴気の臭いと淵術の魔力を感じるが」
「ああ、そうだよ……ヤマビルはついてないな……この辺はいないのか」
「ここ、ちょっと掘れば温泉入れるんじゃない?」
オクタヴィアは小屋からスコップを持ち出して湯気の出ている河原を掘り始める。
「休むんじゃなかったのか?」
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