第250話 休憩時間

 アレンドール王国の王都アレルを出立して、すでに二日が過ぎた。この二日間は特に大きな問題も発生せず、穏やかな道中を楽しめている。


 ダスティンさんの魔道具に関する熱の入った話を聞いたり、クレールさんによるダスティンさんが着ている服のこだわりポイントを聞いたり、いつもならちょっと長いな……と思うような話も、暇な道中では楽しかった。


 揺れるリューカ車の中だけど、簡単な魔道具研究をしたり、ティモテ大司教に納得してもらうための勉強もしている。


「また休憩のようだな」


 リューカ車の進みが遅くなったのを感じていると、ダスティンさんが窓の外に視線を向けてそう呟いた。


「休憩ですか……」


 ずっと座りっぱなしは疲れるし、身体的には休憩がありがたいんだけど、休憩の度にティモテ大司教に話しかけられるのだ。


 それが憂鬱すぎて、リューカ車から降りたくない。


「はぁ……」

「降りたらすぐに、オードラン公爵のところへ向かうと良い。ティモテ大司教と対等に話せる者のところにいることが大切だ」

「はい。それは二日間で身をもって実感しました」


 教会はどの国からも独立した組織だと言っても、やっぱりそれぞれの国が決めている身分は意識するみたいなんだ。


 私はダスティンさんの近くにいるか、お養父様か、後はカディオ団長とシュゼットの近くにいるか、その三択でしか平穏は得られない。


「ダスティンさんは次の休憩で色々と予定があるんですよね」

「ああ、隊列全体を確認するのも私の仕事のうちの一つだからな」


 そんな話をしているとリューカ車は完全に止まり、私たちが乗る車のドアも外から開かれた。まずは私が降りると、そこにはすでにパメラ、レジーヌ、ヴァネッサがいてくれている。


 私と一緒に降りたルーちゃんも、狭い空間から出られたからか、心なしか嬉しそうだ。


「レーナ様、ご体調などはいかがでしょうか」

「問題ないわ。今回の休憩はどのぐらいになるの?」

「今回は少しだけだと聞いております。なんでも天候が怪しく、今夜泊まる予定の街に、できる限り早く向かいたいとのことで」

「そうなのね」


 空を見上げると今のところ雲はほとんどなくて穏やかだけど、確かに風は少し強くなり始めていた。遠くには分厚そうな雲も見える。


「では、カディオ団長のところに向かいましょうか。軽く話を聞きましょう」


 お養父様のところに向かう予定を急遽変更した。天候などを確認して隊列を安全に進めるのは、カディオ団長たち騎士の仕事なのだ。


「かしこまりました」


 少し離れたところにいる団長とシュゼットの姿を確認し、三人を引き連れてそちらに向かい始めると……どこから現れたのか、急にティモテ大司教が後ろから話しかけてきた。


「レーナ様! ぜひ休憩時間でお話を……」


 しかし、ここで立ち止まってはダメだ。それはここまでの道中で学習した。


「申し訳ありません。私はカディオ団長に用がありますので、また後ほどということに」


 私のすぐ近くまで駆け寄ってきていたティモテ大司教に笑顔でそう伝えて、ルーちゃんに心の中で声をかける。


 ――ルーちゃん、ティモテ大司教が躓くように少しだけ地面を動かして。気づかれちゃダメだよ。あと怪我はさせないでね。


 そんな面倒なお願いに答えてくれたルーちゃんは、ふよふよと飛ぶ速度を少しだけ早くして魔法を使ってくれた。


「レーナ様、ぜひ共にお茶でも……うおっ、」


 地面に躓いて転びかけたティモテ大司教を、私は満面の笑みで振り返る。


「ティモテ大司教、大丈夫ですか? やはり長旅で疲れが出ているのでしょう。お休みになられた方が良いと思いますわ。それが神の思し召しでしょう」


 適当に尤もらしいことを口にすると、ティモテ大司教は感激に瞳を潤ませ、その場で跪いた。そして神に祈り始める。


 その様子を確認した私は、素早くその場を離れるために足を早めた。かなり強引な手段だけど、これが一番確実にティモテ大司教と距離を取れるのだ。


「ふぅ……」


 思わずため息を溢すと、パメラが心配そうに声をかけてくれた。


「お嬢様、大丈夫でしょうか。お役に立てず、申し訳ございません……」

「ううん、良いの。パメラたちはいてくれるだけで本当に心強いから」


 もし三人が側にいてくれなかったら、私はこの道中がもっと憂鬱だったと思う。三人がいてくれるから、自由に動こうと思えるのだ。


「もったいないお言葉です」

「レーナお嬢様のことは必ずお守りいたします!」

「私もです!」

「皆、ありがとう」


 三人の気持ちが嬉しく、ティモテ大司教とのやり取りで沈みかけた心が復活した。


 それと同時に、カディオ団長たちが休んでいる場所に到着する。団長たちは地図を見て、険しい表情で話し合いをしているようだ。

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