第236話 抗えない流れ
講義が終わってすぐ、まだ教卓にいるダスティンさんが私のことを真剣な表情で凝視して無言で動かないため、教室の空気もピリッと張り詰め、誰もが息を潜めてダスティンさんと私に注目していた。
息が詰まるような沈黙に、私は自分の両手をキツく握りしめる。少しして沈黙を破ったのは、ダスティンさんの静かな声だった。
「――レーナ、少し話がある」
私はその声に思わずごくりと喉を鳴らしてから、慌てて立ち上がった。
「は、はい、何でしょうか」
すぐ教卓に向かうけど、ダスティンさんは無言で廊下を示す。
他の人には聞かれたくない話ってことだよね……私とダスティンさんの間にはそんな話がいくらでもあるけど、今このタイミングで話さなきゃいけないことって何だろう。
何だか嫌な予感を覚えて、無意識に唇を噛み締めてしまった。
促されるままダスティンさんに付いて廊下に出ると、ダスティンさんは人気のない廊下の端に向かった。
私と向き合ってから、眉間に皺を寄せてまた押し黙ってしまったので、私は沈黙に耐えきれず口を開く。
「……ダスティンさん、何かありましたか? もしかして、この前のゲートに関することでしょうか」
このタイミングでの話といえばそれしか思い浮かばず、そう問いかけた。するとダスティンさんは一度目を瞑ってから、決意を宿した瞳で頷く。
「そうだ。これから話す内容は、陛下が直接レーナに話される内容と同じになる。レーナは数日以内に王宮へと呼ばれるだろう。しかし少しでも早い段階でこの話を聞き、レーナは考える時間を持つべきだと思った。そして私が一番に謝罪をするべきだとも。……よって、私から事前に伝えたい」
陛下から直接話をされるようなことで、ダスティンさんが事前に聞いて考える時間を持つべきだと判断し、謝罪をしたいと思うような内容。
そんなものは私にとって悪いこととしか考えられず、床が抜けて下に落ちていくような、そんな錯覚に陥った。
体が傾いて少しよろけ、何だか頭痛がしてきた頭を抑える。
しかし今聞かなくても、王宮で聞かされることになるのだ。それならダスティンさんが言うように、この場で話を聞く方がマシだろう。
「……分かりました。聞かせてください」
何とかそう伝えると、ダスティンさんは辛そうな面持ちで告げた。
「まず、ゲートの異常な出現は他国でも確認されていた。ラクサリア王国よりも被害が甚大な国もあり、中には一つの街が壊滅したケースもあるそうだ」
話の最初からあまりにも辛い内容で、体の横に下ろしていた拳を握りしめる。
「それは、やはり、予告のないゲート出現だったり、今までの常識を無視するようなものでしょうか」
「そう聞いている。世界中がそんな状態なため、緊急で臨時の大陸会議が開かれたんだ。参加できる各国の長たちが一堂に会し、今後の対処を話し合った。そこで――」
ダスティンさんは不自然に言葉を切ると、一度大きく息を吐き出した。そしてスッと短く吸うと、私の瞳を見つめながら口を開く。
「レーナが大聖堂に赴き、そこで祈りを捧げることが決まった」
その言葉を聞いて、私はしばらくダスティンさんの言葉を反芻し続けた。しかし何度繰り返しても、言葉が変わることはない。
私が大聖堂に行かなければいけない。それは想像していた悪い話の中でも、一番に避けたかったものだった。
私が何も言葉を発さない中で、ダスティンさんが話を続ける。
「今までにない世界の異常を、大陸会議は神の怒りだと決定付けたのだ。そして創造神様の加護を得たレーナからの祈りならば、私たちの声が届くのではないかと結論付けた」
神の怒りだなんて非現実的だ。私が祈ったって何かが変わるわけない。
そう思ったけど、それと同時に大陸会議の決定も一理あると思ってしまった。
この世界は当たり前のように神様が存在していると思われていて、実際に教会では神様から指輪を授かるのだ。そしてそれによって、精霊魔法を使えるようになる。
本当に神様がいるとすれば、確かに創造神様からの加護を持つ私は、この現状においての希望になるだろう。
ただそう理屈では分かっても、自分が大聖堂に行くなんてすぐには受け入れられない。
大聖堂にはどのぐらい滞在することになるのか、そもそも一度大聖堂に行って今までの生活に戻れるのか、家族や大切な人たちとは離れ離れになってしまうのか。
いくつもの問題が浮かび上がり、心に浮かんだのは「行きたくない」という純粋な気持ちだった。
「本当に、申し訳ない。陛下からも謝罪があると思うが、レーナを教会から守り切ることができなかった。貴族になれば教会に行くことはないと、そう伝えていたというのに……」
複雑な胸中に何も話せないでいると、ダスティンさんが静かに頭を下げてくれる。私はそんなダスティンさんに慌てて声をかけた。
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