第228話 家族との時間

 リオネルたちと楽しいお茶会の時間を過ごしてから、何日も変わり映えのしない日々が続いていたけど、今日は嬉しい予定が入っていた。

 お父さんお母さん、そしてお兄ちゃんの全員が休日らしく、一日中皆と一緒に過ごせるのだ。


 私は朝からワクワクしながら離れへと向かった。


「皆、おはよう!」


 パメラ、レジーヌ、ヴァネッサに待機をお願いして一人で中に入ると、そこにはまだ起きたばかりの皆がいる。


「レーナ、随分と早いな〜」


 大欠伸をしたお兄ちゃんはソファーにだらんと腰掛けていた。お母さんは朝ごはんを作り始めるところのようで、お父さんは部屋の片付けをしているけど、まだ寝巻き姿のままだ。


「おはよう。レーナは朝から元気ね」

「レーナ、待ってたぞ!」


 お父さんは片付けていた仕事道具を無造作に床に置くと、私の下に大股で歩いてきた。大きな手で頭を強めに撫でられると、つい頬が緩んでしまう。


「お父さんも朝から元気だよね」


 思わずそう呟くと、お母さんが頬に手を当てた。


「確かにそうねぇ。レーナはアクセルに似たのかしら」

「そうか、レーナは俺似なのか」


 自分に似ていると言われただけで、お父さんは顔をデレデレと崩れさせている。


「皆、最近の仕事はどうなの? 前よりも大変だったりする?」


 私たちが外に出ないでずっと家の中にいるから、仕事が増えたんじゃないかと思って聞いてみた。するとお兄ちゃんが一番に反応する。


「すげぇ大変だぞ。本当に、大変だ」


 確かにそっか……お兄ちゃんは厨房で働いてるんだもんね。人数の増加がそのまま仕事の増加に繋がるのだろう。


「お兄ちゃん、お疲れ様。最近はお養父様も屋敷にいることが多いもんね。それに私とリオネルもずっといるし」

「ああ、だからこそ上流向けの料理を学べる機会が多いのはいいんだけどな。ちょっと疲れる」

「ラルスは最近、帰ってくるのも遅いものね」


 手際よく料理をするお母さんが、少しだけ心配そうにそう言った。


「お母さんは大変じゃないの?」

「ええ、私は元々、旦那様たちと直接関わるような仕事ではないでしょう? だからそこまで仕事量に大きな変化はないのよ」

「確かにそっか」


 メイドのお母さんは、主にこの屋敷の雑用が仕事だ。多分私たちがずっといて大変なのは、侍女や侍従たちだろう。


 パメラたちをもっと労ったほうが良いのかも。


「お父さんは……今は仕事がほとんどないんだっけ」


 屋敷の外にいるとゲートが出現するんじゃないかという懸念から、庭師たちは屋敷からすぐ近くだけを整えたり、屋敷の中でできる作業に従事していると聞いた。


 私の言葉にお父さんは眉を下げると、ソファーに腰掛けながら口を開く。


「ああ、そうなんだ。早く日常に戻って欲しいんだが、やっぱり難しいのか?」

「うん……多分かなり難しいと思う。全く未知の現象だからね」


 いつになったら今まで通りに過ごしても大丈夫なのか。この判断を下すのは陛下やベルトラン様だろうけど、相当悩んでるんじゃないかと思う。


 そういえば他国にも情報提供を求めるって話だったけど、そろそろ情報が集まり始める頃だろうか。そこで何か解決の糸口が見つかると良いな。


 でも何も情報が集まらない方が、今回のことが本当に稀な現象だったってことになるのかもしれない。何かしら情報があるということは、他国でも今回のような事態の経験があるってことになるから。


 うーん、難しいね。


「朝ごはんが出来たわよ〜」


 色々と考え込んでしまっていたら、お母さんの明るい声が聞こえてきた。それによって部屋の雰囲気も明るくなり、皆が顔を上げる。


「いい匂いだな」

「お腹空いたぜ」


 全員が台所に集まり、朝食の準備を始めた。実は今日の朝食は私もまだ食べていないので、皆と一緒に食べられるのだ。そのことを事前に伝えていたからか、お母さんは私が好きなものを作ってくれたらしい。


 ハルーツの胸肉をミルクなどで煮込んだシチューに似た料理と、鍋で丁寧に炊いたラスタ。さらに卵焼きまであった。卵焼きからは少し甘い匂いがして、私が好きな甘めの味付けにしてくれたのがすぐに分かる。


 すっごく美味しそう……! 私は日本人の頃からシチューには白米派なのだ。それに甘い卵焼きが大好きだった。もうこれは、私の中では日本の食卓と同じだ。


「では食べましょう」


 お母さんの声掛けで朝食が始まり、熱々のラスタとシチューを同時に口に入れた。濃厚なシチューの旨みにラスタがよく合う。甘い卵焼きも最高だ。


「凄く美味しい。お母さん、ありがとう」

「良かったわ」

「やっぱりルビナのご飯が一番だな!」

「母さんは料理上手だよな」


 皆から絶賛され、お母さんは嬉しそうに微笑みながら自分のシチューを口に運んだ。


 そうして美味しい朝食を楽しんでいると、お母さんが口を開く。


「そういえばレーナ、今日の午後にはロペス商会が来てくれるのよね」

「うん。オードラン公爵家の定期購入品を届けてくれるついでに、この離れにも来てもらえるように連絡しておいたんだ。皆でも手に取りやすいものを色々と持ってきてくれるって話だから、買い物を楽しもうね!」


 一日の時間を皆とどう過ごそうかなと考えている時に、ちょうどロペス商会が来てくれる日だと気づいたのだ。平民街の屋台に売ってるようなものも持ってきて欲しいと頼んだから、色々と揃えてくれてると思う。


「楽しみだよな! 俺、手拭いと履き心地がいい室内履きが欲しいんだ」

「父さんはいくつか木皿を新しくしたいな」

「お母さんは何が欲しいかしら……そうだ。髪を括る紐を新しくしたいのよね」


 欲しいものを思い浮かべる皆の表情は明るい笑顔だ。皆が喜んでくれたことと、私も買い物をするのが純粋に楽しみで笑顔になる。


 今の私の立場はもっと高級品がいくらでも手に入るんだけど、なんだかんだ平民街の市場に売ってるようなものの中から、掘り出し物を見つけ出すのが楽しかったりするよね。


 そんなことを考えてワクワクしていると、お父さんが口を開いた。

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