第227話 成功と化粧
いつも通りの表情で室内に視線を向けたリディは、リオネルを視界に映すと驚きに瞳を見開いた。
「どう? いつものリオネルと違って良いと思わない?」
その問いかけに少しだけ間が空いてから、リディは誠実に答えてくれる。
「正直、とても驚きました。いつものご様子とは全く異なっていて……しかしとても、とてもお似合いだと思います」
そう言ったリディはふわっと自然な笑みを浮かべ、そんなリディの表情を見たリオネルは、格好の恥ずかしさも相まってか照れた。
「ありがとう……、その、嬉しいよ」
二人の間に流れるのは、なんだか生暖かい空気だ。
これ、ギャップを見せる作戦大成功なんじゃない!?
私は内心で大喜びしながら、それを表に出さないよう必死で頑張った。
「リオネル、やっぱり似合っているのよ。さすが私たちでしょ?」
照れているリオネルにそう声をかけると、リオネルは苦笑しつつも素直に頷いてくれる。
「三人ともありがとう。嬉しいよ」
「えへへ、どういたしまして!」
リオネルの言葉に、エルヴィールが嬉しそうに頬を緩ませた。そんなエルヴィールの可愛さに全員が癒される。
「そうだっ、化粧は? たくさんお化粧するやつえらんだんだよ!」
エルヴィールはハッと化粧のことを思い出したようで、さっき選んだ化粧品を指さした。化粧は良いかなと思ってたけど、エルヴィールがやる気ならやってもらっても良いかな。
そう考えていると、リオネルが予想外に乗り気だった。
「ありがとう。じゃあ化粧もしようか」
「うん! ぜったいにもっとカッコよくなるよ!」
リオネルが率先して化粧をするために動いてくれたので、私はリディに感謝を伝えてから持ち場に戻ってもらい、わいわいと騒いでいる皆のところに向かった。
リオネルの化粧は、この場で侍従がしてくれるらしい。
「お兄様、まずはこちらから!」
「ははっ、分かったよ」
アリアンヌもやっぱり女の子だから化粧が好きなのか、楽しそうにリオネルへと提案している。その隣でエルヴィールもニコニコと笑っていた。
「ではまず、お顔全体にクリームを塗らせていただきます」
侍従のその言葉で、リオネルの綺麗な顔にクリーム状のファンデーションが載せられた。この国の化粧は日本と大差ない……はさすがに言い過ぎかもしれないけど、似たような用途のものは一通りある。
ファンデーションもクリームと粉状のものがあり、基本的にはどちらも使うのが一般的だ。
「このクリーム、凄く白くない?」
塗られていくクリームを見て、リオネルが不安げに呟いた。それは確か、エルヴィール用のクリームだ。白くてふくふくとしたまだ幼児と言えるエルヴィール用だから、かなり明るいトーンになっている。
でもリオネルもあんまり日焼けしてないし、問題はないはずだ。粉は私用のやつにしておいたから、最終的には馴染んでくれると思う。
「お兄様のお肌はとても綺麗ですね」
「ありがとう。でもアリアンヌ、そんなにジッと見られると恥ずかしいから、少しだけ離れてくれたら嬉しいな」
照れたリオネルがそう伝えると、興味津々だったアリアンヌがガバッと体を引いた。
「も、申し訳ありません!」
「謝る必要はないよ」
優しく笑いながらそう伝えたリオネルに、アリアンヌは安心した様子だ。
それからは私もアリアンヌ、エルヴィールと共にリオネルが化粧をされていく様子を眺めていた。侍従の手際はかなり良く、迷いない手つきにはついつい見惚れてしまう。
こんなふうに化粧ができたらかっこいいよね……。そういえばこの国って、メイクを専門とする仕事はないのかな。貴族は侍女と侍従がやるし、平民の間ではメイク自体があまり浸透していなかった。
平民街の中でも裕福な人たちがいる場所で、メイク専門店をやったら流行らないのかな。メイク専門店といっても化粧品を売るのではなく、メイクを施す専門店だ。
大切なデートの日とか家族での食事の日とか、特別な日に皆が利用してくれる気がする。そして化粧品は高いといっても、一つあれば結構な人数にメイクできるし、利益が出ない可能性は低いんじゃないかな。
思いついてしまったら、実行してみたくなった。でも私自身がお店をやるのはさすがに無理だし、ロペス商会に話をするのも……ちょっと分野が違いすぎるよね。
貴族家の人たちは家単位や個人で事業に投資をするらしいし、私もそうしたら良いのかな。お金を出してメイクできる人を育てて、お店の構想を伝える。そして実際の運営は任せるのだ。
なんだか楽しそう!
日本で流行っていたメイクを再現しても面白いかも。この国にない化粧品の開発とかも良いかな。後は――
そうして考え込んでしまい、完全に思考がメイク専門店へと飛んでいると、リオネルの声が耳に飛び込んできた。
「レーナ、どう? 変じゃない?」
その声に従って無意識のうちに下を向いていた視線を上げると、そこにいたのは――かなり大人っぽく変身したリオネルだった。
「え……す、凄く良いと思う! こんなに変わるんだ!」
侍従さん凄い! いつもリオネルがしてるのと全く違う雰囲気の化粧なのに、服と完全にマッチしている。
「そう? それなら、良かった」
「お兄様素敵です……!」
「かっこいい!」
アリアンヌとエルヴィールからも褒められたリオネルは、照れたように軽く頬を掻いた。
「じゃあ、お母様にもお見せしようかな。この服をせっかく着たことだし」
「確かにそうだね。絶対に喜ぶよ」
「さっそくお母様のところへ行きましょう!」
全員が乗り気で、私たちは皆でお養母様がいるだろう執務室に向かった。そしてワクワクしながら着飾ったリオネルを見てもらうと、お養母様は素敵だと褒めてくれて、私たちは皆で顔を見合わせる。
「良かったね」
私が三人にそう伝えると、リオネルは穏やかに、アリアンヌとエルヴィールは楽しそうに頷いてくれた。それからはお養母様も私たちのお茶会へと参加することになり、とても楽しい時間を過ごすことができた。
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