第134話 公爵家の夕食

 食堂が見えてくると、豪奢なドアは大きく開かれていた。そして中には、私以外の公爵家の方々が全員集まっているのが分かる。

 今日は私を含めた初めての夕食ということで、歓迎の意味も込めて先に集まってくれているのだそうだ。


 皆さんに会釈をしてから席に着くと、お養父様が全員を見回してから口を開いた。


「ではさっそくだが食事を始めよう。レーナ、改めてオードラン公爵家へようこそ。我々はレーナを歓迎する。これから末永くよろしく頼む」

「はい。私のことを快く迎えてくださり、本当にありがとうございます。これからよろしくお願いいたします」


 その言葉にお養父様とお養母様が微笑みを浮かべてくれて、そのすぐ後に給仕担当の使用人がワゴンを持って食堂に入ってきた。


 ワゴンは全部で五つもあり、その全てにとても豪華な料理が載っている。どれも美味しそうで迷っちゃうな。


「サラダからご説明させていただきます」


 それから全ての料理の説明を受けつつ好きなものを取り分けてもらい、さっそく食事が始まった。昨日からずっと思っているけど、オードラン公爵家の料理人さんはとても腕が良い。


 どの料理も凄く美味しくて、頬が緩みすぎないように気をつけなければならないほどだ。

 家族皆もこの美味しいご飯を食べてるのかな……もし食べてないのだったら、一度ぐらいは皆の分も作ってもらえるようにお願いしたい。


「食事は口に合うか?」

「はい、とても美味しいです。特にこちらのハルーツのヒレ肉が柔らかく口の中でとろけます。さらには緑色のソースが絶品です」


 このソースは平民街で食べたことがない味だ。日本にあったものに例えるならジェノベーゼソースのような感じだけど、それよりももう少し甘みが強い。それも砂糖のような甘さというよりは、ミルクのようなほのかな甘味だ。


「ほう、この美味しさが分かるのか。私は好きなのだが、苦手な者も多い味付けなのだ」

「そうなのですね」


 確かにジェノベーゼも苦手な人がいたっけ。私にとってはそこまで馴染みのない味ではないから、普通に受け入れられた。


「アリアンヌは苦手なのよね」

「……別に、食べられます」


 お養母様の言葉にアリアンヌは私に負けたくないと思ったのか、ツンっと私から顔を背けながらそう言った。そんなアリアンヌの様子に、お養父様とお養母様は苦笑いだ。


 私のことを受け入れられてないことを分かっていて、今のところは様子見なのかな。まあこういうことは、無理に受け入れさせたほうが拗れたりするよね。

 アリアンヌとの関係は、当事者である私がなんとかしないと。


「アリアンヌは好きな食べ物があるの?」


 まずは対話からとにこやかに声を掛けてみると、アリアンヌは私にチラッと視線を向けてから、小さな声で質問に答えてくれた。


「……クルネが好きよ」


 貴族令嬢として学んできた礼儀からなのか、完全に無視はされないようだ。これなら仲良くなれる余地はあるかもしれない。


 それにしてもクルネが好きなんて、意外と渋いものが好物だね。クルネとはミルクを膜から取り出さずにそのまま放置し、膜の中で固めたもののことだ。

 固形のヨーグルトみたいな感じで、ジャムを掛けると美味しくなる。


「クルネ、美味しいよね。私はベルリのジャムを掛けるのが好きなのだけど、アリアンヌは?」


 何気なくジャムのことを話すと、アリアンヌは顔を上げて少しだけ瞳を見開き私を見た。


「……お姉様も、クルネがお好きなの?」

「ええ、少し癖があるけど美味しくて、だんだんとハマったの」

「め、珍しいわね……クルネの美味しさを理解してくれるお友達はいなかったのに」

「ふふっ、アリアンヌ、良かったわね。これからはレーナとクルネを楽しめるじゃない」


 お養母様のその言葉に自分が身を乗り出していることに気づいたのか、アリアンヌは恥ずかしそうに頬を染めて体を後ろに引いた。


 確かにあの味は子供向けじゃないよね。まだ七歳ほどのアリアンヌの友達に、クルネ好きの人がいなくても不思議ではない。


「今度、一緒に食べようか」

「……分かったわ。いろんな種類のジャムを準備するわよ」

 

 アリアンヌはまだ完全には心を開いてくれていないけど、私と一緒にクルネを食べてくれるらしい。歩み寄ってくれたことが嬉しくて、思わず頬が緩んでしまう。


「リオネルとエルヴィールも一緒にクルネを食べる?」

「そうだな……私は参加しよう」

「私も! でもクルネはにがてだから、他のものも食べていい?」

「もちろん良いよ。じゃあ今度、皆でおやつを食べようか」


 そんな約束をしたところで食事も終盤となり、先に食べ終えたお養父様が表情を真剣なものに変えた。

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