第23話 ロペス商会へ

 裏口から入った商会の中は、機能性重視の働きやすそうな職場だった。中には店員さんが何人かいて、私たちが中に入ると全員の視線が私に集中する。


 うぅ……お母さんが綺麗な服を準備してくれたけど、このお店の中だとめちゃくちゃ浮いてるよ。ジャックさんも良い服を着てると思ってたけど、やっぱり本店で働いてる店員さんは、それよりもさらに上だ。綺麗な服を着て綺麗なお店で働いて、本当に羨ましいな……


「ジャック、その子がギャスパー様に会わせるスラムの子か?」

「そうだ。あの筆算を考えた子だ」

「君が……確かレーナだったか?」

「は、はい。レーナと申します。よろしくお願いいたします」


 緊張しながらもジャックさんと練習した挨拶を口にすると、その場にいた三人の店員さんは表情を緩めてくれた。


「敬語を勉強したのか? 凄いな、違和感ないぞ」

「スラムの子だとは思えない口調だね」

「ジャックは意外と教えるのが上手いんだな」

「いや、俺が凄いんじゃなくてレーナが凄いんだ。教材を渡しただけで自分で効率よく勉強して、俺に分からないところを的確に聞いてくるんだからな」


 ジャックさんのその言葉を聞いて、店員さん達は私に興味深げな表情を向けた。そうして話をしていたら、私たちがいた裏の休憩室みたいなところに、もう一人の店員さんが入ってきた。

 おおっ、女性の店員さんだ。サラサラの髪の毛を後ろでポニーテイルにしていてめちゃくちゃ美人。


「ジャック、もう来てたのね。ギャスパー様は商会長室にいるわよ」

「そうなのか、ありがとう。じゃあレーナ、行くか」

「う、うん。あの、初めまして、レーナです」


 女性にも一応自己紹介をと声をかけると、その女性は私の前にしゃがみ込んで優しい笑みを浮かべてくれる。


「緊張してる? ギャスパー様はお優しい方だから大丈夫よ。頑張ってね。はいこれ、つけたら可愛いわ」


 女性は私のために準備してくれたのか、ポッケから取り出した髪飾りを付けてくれた。そして部屋の中にあった鏡の前に私を連れて行ってくれる。初めての鏡だ……!


「え、これが私……」


 鏡に映った私は、ちょっと自分でも信じられないほどに可愛かった。手入れを全くできてないのに透明感のあるきめ細やかな肌、ぱっちり二重に小さめの高い鼻。薄めの唇に少しだけ赤みがある頬。

 何よりも全てのパーツのバランスがめちゃくちゃ整っていた。


 ――お母さんとお父さんに全く似てなくない?


 そう思ってしまったけど、まあ可愛いなら良いかととりあえず深くは考えないことにする。突然変異とか……まあ、あるよね。トンビが鷹を産むとかって日本の諺にあったし。


「あら、初めて見たの?」

「はい。あの、髪飾りとても可愛いです。ありがとうございます」


 嬉しくて頬を緩めながらそうお礼を言うと、女性は頬に手を当てて「きゃー」と小さく叫んだ。


「めちゃくちゃ可愛いんだけど……! レーナちゃん、お姉さんと仲良くしてね」

「は、はい。ありがとうございます?」


 突然の女性の勢いに驚きながらも、褒められて悪い気はしない。というか近所の人とかジャックさんとか、こんなに可愛いならもっと褒めてくれても良いのに。


 私はまだこの顔が自分の顔だなんて思えずに、思わずそんな図々しいことを考えてしまった。


「ジャック、レーナちゃんのことそこそこ可愛いとか言ってたけど、これは超絶可愛いっていうのよ。どれだけ女の子に対する理想が高いのよ」

「いやぁ、そうか? 俺は女性の醜美にあんまり興味ないからな」

「だからジャックはダメなのよ。レーナちゃんは最高に可愛いわ」


 ジャックさんはそういうタイプの人なんだね……結婚してるふうがないし恋人もいなそうだし何でかなと思ってたけど、そもそもあんまり興味がないのか。確かに自分の見た目にも頓着してなかったよね。こんなにかっこいいのに勿体ない。


「ジャック、ギャスパー様のところに行かなくて良いのか?」

「あっ、そうだった。そろそろ行くか」

「レーナちゃん、頑張ってね」

「はい。ありがとうございます。あの、お名前は……」

「そういえば、まだ名乗ってなかったわね。私はニナよ」

「ニナさん、本当にありがとうございます。頑張ってきます」

「ああ〜もう、本当に可愛いわね。癒されるわ〜」


 私はニナさんのそんな声を最後に、ジャックさんに手を引かれて部屋を出た。そして廊下を通って二階につながる階段を登る。

 スラムの子供なんて蔑まれるのかと思ってたけど、予想以上に好意的に受け入れられて驚いた。さすがスラムの子供を雇おうって考える人がトップの商会なのかな。


 階段を登った二階には部屋がいくつかあって、その中で一番奥にある部屋のドアをジャックさんがノックした。するとすぐに中から優しげな男性の声が聞こえてくる。


「入って良いよ」

「ありがとうございます。失礼いたします」


 中にいたのは……三十代ぐらいに見える茶髪の穏やかそうな男性だ。私に優しい笑みを浮かべて部屋に迎え入れてくれる。


「君がレーナかな?」

「は、はいっ。レーナと申します。よろしくお願いいたします」

「礼儀正しいね。丁寧な挨拶をありがとう。そこのソファーに座って。ジャックもどうぞ」

「ギャスパー様、ありがとうございます」

「失礼いたします」


 レーナの人生で初めてのソファーに腰掛けると、ふわっとお尻を包み込んでくれたクッションが予想以上に柔らかくて驚いた。これは立ち上がりたくなくなるね……日本で流行ってた、人がダメになるクッションに似てる気がする。

 そうして私がクッションに驚いていると、ギャスパー様は居住まいを正して私に真剣な表情を向けてくれた。私も柔らかいクッションの上で姿勢を正し、ギャスパー様の言葉を待つ。


 そういえば街の中に入れるって喜びであんまり考えてなかったけど、今日って何を言われるんだろう。筆算のことで呼ばれるって話だったけど……うぅ、今更胃が痛くなってきたよ。

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