正月休みに効く薬

差掛篤

正月休みに効く薬

正月も終わる頃だった。


とある博士が素晴らしい薬を開発した。


それは、休み明けで仕事や学校が始まる時「やる気」を授けてくれる薬だった。


人々は拍手喝采した。

長い休みが明ける時、「行きたくない」と身を裂かれるような思いをするものである。


仕事に戻りたくない…

学校に行きたくない…



しかし、博士の薬を飲めば、やる気に満ちて仕事や学校に行きたくなるのだ。


休日最終日に気分が沈んでいた人々は、争うようにして薬を買い、服用した。


効果は素晴らしく、会社や学校をフルパワーで頑張る人々が増加した。


博士の薬によって、仕事の生産性は上がり、経済は発展した。

日本の経済は豊かになった。

さらに、休みでだらける学生もいなくなり、受験戦争は熾烈となりつつも、学力は大きく向上した。


社会全体が博士の「やる気薬」の恩恵に預かったのであった。


博士は薬の売上で大富豪となった。


薬は大量に生産され、国に蔓延した。

常用する者が後を絶たなかった。


もはや必需品であったのだ。


だんだんと単なる土日や、一日休み、午前休ですら国民は多量に服用するようになっていった。



数年後、博士と助手達は新年会をしていた。

博士は大富豪、もはやこの世の春である。


助手が言った。

「素晴らしい発明でした。国民は皆やる気になり、国力は充実した。博士の薬のおかげで日本は大きく成長しました。」

助手達は皆頷く。


別の助手が手を上げた。

「博士!僕はこの秘薬がどんな原理をしてるのか知りたいです。教えて頂けませんか?なぜ無限にやる気が出るのですか?」


博士は笑った。

「いいだろう。わしも一生困らぬ資産ができた。今更手の内がバレても痛くない。実は『やる気』は無限ではない。」


「えっ」と助手たち。


「エナジードリンクと同じだ。エナジードリンクは体力を回復させるわけではない。カフェインで興奮させているだけだ。それで、元気が出ているように思わせる…。つまり『元気の前借り』というわけだな」


博士は続けた。


「わしの薬は、ある物質で『気力』のみをひたすら興奮状態にさせる。いわば『やる気の前借り』というわけだ」


一人の助手がギョッとした。

「博士…それでは」


「そうだ。いずれは『やる気』が底をつく。国民は皆、気力を使い果たし何もする気が起きなくなるだろう。心を病み、無気力となり、この国の経済と学力は破綻する」


助手達は青ざめる。

「あと何年くらいですか?底をつくのは」


「もって5年だな」と博士。


助手達はどよめいた。

「博士!それではあなたまでひどい目に遭いますよ!」


博士は笑い飛ばす。

「わしは薬のおかげで、使い切れない資産を手に入れた!知ったことか」そして、酒をあおりながら続ける。

「わしは、やる気薬など必要のない国民が住む国に移住するよ。そこで悠々自適に暮らすのだ」


博士は、数年先の地獄を前にして青ざめる助手達に囲まれ、悪魔的に笑い続けた。



他の席では、新年の働きに備え、博士の薬でやる気をみなぎらせた社会人達が決起の祝杯を次々と上げていたのだった。

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