第10話 初陣
思い出した。
俺がまだ六歳の頃、村が山賊に襲われたことがある。
そのときも、見張り台にいた人が鐘を打ち鳴らして皆に危険を知らせたのだ。
「おのれ、神聖な儀式の日を狙ってくるとは何て卑劣な! 子どもたちはここに残れ。大人は武器と
村長の命に従い、大人たちは村の武器庫へと急いだ。
大変そうだなあ。
俺にはここで皆の無事を祈るぐらいしかできないけれど、頑張ってね。
「こら、何をぼさっとしてるんだ。早く来ないか」
父が俺の腕を引っ張り、連れ出そうとする。
え、いや。でも、村長が子どもたちはここに残れって。
「お前は、さっき儀式を終えたばかりだろう。さあ、わかったら行くぞ」
そうだった。
周りを見渡すと、俺より先に儀式を終えた連中は渋々といった様子で大人たちと一緒に出て行き、他の子どもたちは気の毒そうな眼でこちらを見ていた。
くそ、間が悪かった。もう少しマノンを呼び出すのが遅ければ、俺も戦わなくて済んだのに。
しかし、本当に間が悪いのは山賊たちの方だった。
初めての戦いで、それを思い知ることとなる。
それぞれ村の武器庫から槍や斧といった手慣れた得物を持ち出すと、柵の前に集まり、村長の指示に従って配置へ就いた。
七年前に山賊の襲撃を受けたとき、柵のいくつかを壊されたそうだが、今では修理を終えており、以前よりも頑丈に作り直した箇所もあるそうだ。
皆、緊張した面持ちでノームやシルフといった
なかにはゴブリン等、細かい作業もこなせるが戦闘にはあまり向いていない魔物もいたが、いざ戦いとなれば、いないよりはマシなのだろう。
「テオくん、私は何をすればいいの?」
マノンも少し不安そうな声で、尋ねてくる。
「そうだね、攻撃用の魔法は使える?」
「簡単なものなら、いくつか……」
簡単なものっていうと、父や母の
たいした威力じゃないけれど、牽制くらいにはなるだろう。
「それじゃあ、敵が来たらそれを撃ち込んでよ」
そんな相談をしていると、
「来たぞ!」
見張り台からの警告を耳にして前を向けば、馬に乗った山賊が二人、正門に向かって突っ込んできた。
左右に並んだ馬の間に、丸太をロープでぶら下げている。
あれをぶつけて門を壊すつもりらしい。
村人の何人かが狩猟用の弓で山賊たちを狙い撃つが、奴らの肩に止まったシルフの風魔法や盾で防がれてしまう。
このまま門を破壊されてしまうのかと、あせっていたら。
“スリーピング”
「うおっ! な、何だ!」
突如、右側の馬が倒れたのをきっかけに、一緒に丸太を支えていた左側の馬も引っ張られる形で転倒してしまう。
何だ、今のは?
ひょっとしてマノンの魔法だろうか。
魔物が魔法を使うときは、
「くそ、何をやってるんだ!」
「仕方がない、柵を乗り越えていくぞ!」
倒れた騎馬の後ろに続く山賊たちが、こちらへ駆け寄ってくる。
“テンペスト”
この魔法で、先程まで空は快晴だったのにも関わらず、一瞬にして嵐が吹き荒れた。
山賊たちは慌てて身を屈めるが、遅れた何人かは木の葉のように宙へと舞い上がった。
風が止み、飛ばされた奴らが空中から地面へ叩きつけられると、残りの連中はマノンを指差して騒ぎ始めた。
「お、おい、あれを見ろ!」
「サキュバス? 何で、こんな村にいるんだ!」
動揺とざわめきが集団に広がっていくなかで、他の仲間を差し置いて勝手に逃げ出す奴まで現れた。
「くそ、引き上げるぞ!」
「え、予定より早くないか?」
「知るかっ! サキュバスが相手じゃ、どうしようもないだろ!」
リーダーらしき男の合図で山賊たちは我先にと、一目散に逃げ出していく。
せっかく修理して補強した堀や柵も、得意な武器を手にした村人たちも、呼び出された他の魔物さえも関係がない。
ほぼ、マノンの魔法だけで山賊たちを撃退してしまった。
「簡単なものならって……無茶苦茶な威力じゃん」
「え、でも。マ……母なら、もっと高度な魔法を唱えられるんですけど」
マノンが不思議そうな顔で応える。
「よくやった、テオ。誰も怪我することなく賊を追い払えたのは、そなたのおかげじゃ」
村長が、労いの言葉をかけてくれる。
というか、やったのはマノンなのだが。
「
村長が槍を頭上に掲げると、村人もそれにならい、それぞれの武器を掲げ、叫んだ。
地面に転がっている逃げ遅れた山賊たちを捕まえるため、何人かはここに残り、他は儀式を再開するため武器庫に武器を収めて、召喚の間へと戻る。
「お待たせしました。皆さん、無事に戻ってこれましたよ」
神官が部屋の扉を開け、なかに声を掛けると――
そこは、もぬけの空だった。
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