第3話 ソロモン

 夕食を終え、母は片付けを、父は食後の酒を楽しんでいた頃、俺は父が食事の前に読んでいた本を探していた。


 ここがどういう世界なのか気になって、離乳食の麦粥もろくに喉を通らず、少しでも手掛かりを求めていたからだ。


 まだ文字は読めないけれど、あの本の表紙に描かれていたような挿絵が、もし他のページにもあれば、少しは内容がわかるはずだと考えながら、部屋のなかを這い回った。


 あった。


 俺が目を離している間に、父がどこか見えないところへしまったのだろうと思っていたが、子どもの目線の高さではわかりにくかっただけで、本は壁掛け棚の上にまるで宝物のように飾ってあった。


 恐らく、この世界ではまだ紙の書物は貴重品なのだろうと思いながら、棚に向かって手を伸ばすが、幼児の腕の長さでは本まで届かなかった。


 なんとか本を床に落とそうと、壁をぺちぺちと叩いてみる。


 すると、太くて長い腕が俺の頭上を通り過ぎ、お目当ての本を棚から取り出した。


「何だ、テオ。本に興味があるのか? よし、お父さんが読んであげよう」


 これは、ありがたい。俺は早速、父の膝の上に座り、酒臭いのを我慢しながら大人しく話を聞くことにした。


 その後、父が語ってくれたのは以下のようなこの国の歴史だった。


 遙か昔、この地がまだいくつもの部族に別れて争っていた頃。遠方より一人の少年が現れた。その名はソロモン。


 彼は至高神より天使長を通じて授かった指輪の力で七十二柱の魔神を操り、乱世を平定した。


 そして豪華な宮殿、荘厳な神殿を魔神達に建てさせ、イスラニアと名付けたこの国を長く治めた。


 彼の死後、指輪は王位を継いだ息子の手に渡った。


 しかし、新たな王には先代のソロモン王が真鍮の壷に封じた七十二柱の魔神のうち、下位の半分程しかその意に従わせることができず、弱体化したイスラニアは幾度も隣国の侵攻を許してしまい、苦境に立たされた。


 そこで、王は魔神達の力を借りて指輪を複製し、さらに魔神より低級な魔物を魔界から呼び出す儀式を行って、それらを息子達に与え、防衛の任に務めさせた。


 指輪の力が広まり、王位が揺らぐことを危惧する声も臣下達からはあったが、それも叙々に小さくなっていった。


 魔神や魔物を従える力、後に魔力と呼ばれるものは個人の差が大きく、他国のような長子継続で王位の継承を決めるよりも、初めから最も魔力の大きい者を次の王にした方が治世は安定するという結論に皆が至ったからである。


 やがて、複製された指輪と魔界から呼び出された魔物達は王の直系だけでなく王族、臣下から民にまで広がり、魔力は血統によって受け継がれやすい為、その差がそのまま身分の差となった。


「ほら、父さんやお前の指にもはまっているだろ。これが、その指輪さ」


 父は自身の左手をかざしながら、俺の左手の指輪を指し示した。


「といっても、王が自ら魔界から魔物を呼び出し、真鍮の壷に封じ込めて民に渡していたのは昔の話さ。

 今では、俺達イスラニアの民は生まれてすぐ成長に合わせて大きくなる指輪を親からはめてもらい、赤ん坊の頃から指輪に蓄えた魔力を使って、自分で呪文を唱え、魔界から呼び出した魔物と契約を交わし、真鍮の筒に封じて、いつも肌身離さず持ち歩くのさ。

 テオも、ソロモン王が指輪を授かった歳と同じ十三才になったら皆と一緒に神殿に行って、神官に用意してもらった魔法陣で召還の儀式を行うんだぞ」


 どうやら、こちらの世界における成人式のようなものらしい。


「父さんと母さんは、魔物のうち最も下位である四大精霊のサラマンダーやウンディーネぐらいしか従えることができなかったけれど、テオには何とか頑張ってもらって、せめてゴブリンくらいは従えてもらいたいな」


「もう、あなたったら。そんな難しい話、こんな小さい子にわかるはずないじゃない」


 母は呆れたような口調で父をたしなめた。


「いやいや、ひょっとしたらこの子は天才かもしれないぞ。さっきから俺の言葉がわかってるみたいに、じっと聞き入ってるじゃないか」


 確かに、この頃はまだ半分程度だが両親の言葉は理解できていた。


 だから父の言葉も、ただの親バカでは決してなかった。


 しかし、後に周囲から天才と騒がれるようにはならなかった。

 

 俺が大きくなるにつれて、ある問題が明らかになったからである。

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