掌編小説・『ひとみ』

夢美瑠瑠

第1話 瞳の瞳



 眼科医院に勤めている、24歳の看護師であるところの於府亭・瞳<おぷてい・ひとみ>は、自分の綺麗な二重の両の瞳、切れ長で大きくて理想的な形状シェイプの、美しい瞳が自慢の種だった。

 若い女はたいていナルシストで自意識過剰だが、瞳もそのご多分に漏れず、かなりうぬぼれと自負心の強い”ナルキッサスのすえ”だった。


 初対面の男は、女もそうだが、例外なく瞳の瞳、トートロジカルで自己言及的な?神秘的な黒目勝ちの眼差しの美しさに魅せられて、感嘆して、「本当に綺麗な目をしてますね」「目がチャームポイントだね」「吸い込まれそうな美しい湖を連想させる瞳…」等々、何らかの誉め言葉、礼賛の辞、を口にせざるを得ないのだった。


 看護師になったのはなんとなくだが、女盛りになっていくにつれてますます美麗で魅力的になっていく自分の両の瞳について、新米ナースの瞳は、その瞳をさらに輝かせて、さらに健康をキープして、誰にも負けない最高にエクセレントで理想的な、究極の「ミラクル・アイ」の持ち主になりたいという宿望を抱くに至り、そのためのノウハウや日常的な機会を得るために眼科医院に職を求めたのだった。


 「眉目秀麗」と美人の形容でよく言うが、眉は剃ったり描いたりしてほぼ自在に整えられる。

 眼、瞳は、もちろんアイメイクやカラコンである程度に美化は可能だが、本当に魂をギュッとつかまれるような、人間の女性ならではの、深い知性や精神的な美質に裏付けられた、その華麗さの印象が「超越的で天上的な」、寧ろ超一流のアクターや芸能人にしか見かけにくいような非日常的に稀少な印象を与える瞳があれば、それはもう持って生まれた「才能」であろう。


 「明眸皓歯」も、美人の形容だが、キラキラしているような眼差しや歯の印象も、つまりは精神と肉体の健康が裏付けとなるのだ…「美」こそが究極的な価値として最も尊ばれるべきもの、そういう価値観は一種の優生思想かもしれない。愛や生命や善や正義、幸福、そうしたポジティヴな、goodnessなニュアンスを帯びているものに付随していて、あるいは同義であって、淘汰されるべき邪悪や愚劣、業病、畸形を感知するのに最も有効な指標、それが「美」という概念かもしれない。


 この物語の主人公のほうの瞳の瞳も、眉目秀麗、明眸皓歯、まるで最上級の猫のように神秘的で怜悧な印象を与えた。

 

 瞳に、或いは瞳の瞳に?恋する男は多かった。表情や印象が千変万化する、「愁いを帯びた」「モノ問いたげな」「黒曜石のような」「田螺のような」「少女漫画のように星が輝いている」「宝石のような」「聡明そうな」…そういう「精神の象徴性の座」としての「眼」へのステロタイプな多種多様の賛辞がすべて完璧に当て嵌まってしまう、豊穣で無限の魅力を蔵する瞳の瞳の虜になる男には、彼の方にも女性というパートナーに、寧ろ人生のすべてを賭けるというような、見果てぬ永遠の夢や希望や幻想を投影して、それをわがものとしたいと願うような、古風な純情なタイプが多かった。

 

 <続く>

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