リリウム・ウィンクルム【短編】

ちーよー

第1話 男爵令嬢と褐色メイド

 豪奢な飾りが施されてるいる鏡台の前で座る少女は、鏡に突き刺さりそうなフッと鋭利なため息を吐いた。



「リア」

「何でしょうか? レイラ様」

「私の髪をブラッシングする度に興奮するのは辞めて」


 レイラは鏡越しにリアと目を合わせ軽く睨みつける。

 褐色な肌に似合う黒目がちなリアの瞳が大きくなったかと思うと、ブラッシングしていた手を止めた。


「出来る限り抑えておりましたが」

「リアの息が髪や耳にサワサワって……こそばゆいのよ」


 リアはほくそ笑むと、わざとらしく顔を耳元へと近付けた。


「こんな風にですか」


 レイラの耳もとで囁いては、優しくふぅ〜っと息を吹きかける。

 こそばゆさからかレイラは首をすくめるとかぶりを振った。

 レイラの髪が甘い匂いとともに、ふわっと広がるのをリアは両手で優しく包み込む。


「カーテンの隙間から光が差し込む度、キラキラと輝いては波打つ、長くお美しい白金髪……」

「私の髪に頬ずりしたままウットリしない。匂いを嗅がない。終わったら離れなさい」


 クスッとリアは笑うとリボンバレッタをレイラの髪に飾り付けた。


「レイラ様の仰せのままに」


 そう言うとリアは少し距離を取り頭を下げた。


「ホントに油断も隙もないわね。遅刻するから早く向かうわよ」



 ※※※※※※


 エルパテイア王国、宮廷国際銀行家の男爵、ヴィッテルスバッハ家令嬢であるレイラも、他の令嬢と同じく数多くの習い事をしている。

 普段は屋敷に先生を招く事になってはいるが、刺繍ししゅうの先生が腰を悪くし移動が出来ない為に、刺繍の勉強のみレイラが先生の家へと向かうことなっていた。器用で細かい作業が得意なお付きメイドであるリアも一緒に習っていたのである。


 二人が乗る馬車は、いつも通りに病院の裏手を走ろうとしていた



「レイラ様。今日もいらっしゃいますね」

「いつの頃からいたのかしら? 」

「刺繍の先生宅に向かうようになってから2週間ほど経ちますが、それ以前からかと」

「そう……少しスピードを緩めるよう御者に伝えてちょうだい」


 レイラから言われたリアは御者ぎょしゃに速度を落とすように伝えた。

 二人の視線の先には、道の端っこで祈るように両手を合わせ病院を見上げる少女が映っていた。

少女の服装はドレスと言って差し支えなく、街の外れにある病院には場違いに見えた。



「裏手側の部屋に、お知り合いが入院してるってとこでしょうか? 」

「そうだとしても、あの子は……」

「ハイ。おそらくはメディロナ家ご令嬢、マリアディーネ様かと」

宮中伯きゅうちゅうはくで財務管理されてるメディロナ伯は、お父様とも親しい間柄だわ」

「リアも旦那様のお屋敷で、お目にした事は御座います」

「私も何度か宮中などで、マリアディーネ様にお会いした事もあるけど……」


 互いの腹の内を探るように見つめ合うレイラとリア。

 馬車が病院を通り過ぎた所で、たまらずレイラが声を上げた


「止まりなさい」


 御者には聞こえなかったのか、レイラはリアに目配せすると、リアが少し大きい声で『止まってください』と、御者に伝えた。


「レイラ様? 刺繍の時間に遅れてしまいますよ」

「リアの顔に『気になって仕方ない』って書いてあるからよ」

「レイラ様の、お美しいお顔にも『直接聞いてみたい』って書いてありますよ」

「そんな訳ないでしょ」


 リアは口元を綻ばせると『失礼します』と言いながら、レイラの口、鼻、オデコに指をちょんと添えた


「ここと、ここと、ここにも書いてあります」

「ご主人様に気安く触るメイドなんて、リアくらいでしょうね」

「気安くなんて、とんでもない。気高いレイラ様ですから、心を込めて触れております」


 呆れたようにため息をついたレイラは『早く降りなさい』と、冷たく言い放ち、御者に待ってるよう伝えた。

 御者は主人の突然の行動に慌てたが、『少しの時間だけよ』と、レイラが言って優しく微笑むと顔を赤らめるだけだった。



 二人はマリアディーネに近付きつつ話を進めた。


「ここは、お父様の寄付金で成り立ってる元は野戦病院よ。来院や入院してるのも庶民の方くらいだし」

「そうですね。こちら側の空き地は、瓦礫に埋もれたまま、いまだに地雷撤去出来ず塀に囲われてますし」



 リアが言うように病院の裏手側は、道を挟んでグルリと長く続く塀で囲われており。人の立ち入りが出来ないようになっていた。


「戦争の傷跡ってやつね」

「もう数十年前の話ですが」


 近付いてくる二人の気配に気付いたのか、マリアディーネは咄嗟に後ずさる。


「表の方に馬車を止めてるから、声を上げればすぐに使用人が駆け付けて来るわよ」

「怪しいものでは御座いません。ご機嫌よう、マリアディーネ様」



 レイラとリアが深々とお辞儀をし顔を上げると、マリアディーネは眉間にシワを寄せた。



「レイラ……戦争を利用し、お金で爵位を買ったヴィッテルスバッハ家の成り上がりが何の用かしら? 」


 赤みがかったハーフツインに、ツンと上向いた形の良い鼻。勝ち気そうな少し釣り上がった目。

 マリアディーネは表情でも敵対心を表していた。

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