第38話 無粋
*
これで店内は貸し切りになる。
姫夜村が首筋に絡んでいた後れ毛を背後に流した。と、畔柳が即座にその背後に回って「師匠」と声をかける。姫夜村は「ん」と
「仲良しですねぇ」
リンドウの言葉に、姫夜村は自らの髪の状態を指先で確認しながら「うふふ」と笑った。
「この子、器用なのよ、こう言う事だけは」
「こう言う事だけは余計です、師匠」
「でも、男性に髪を触らせるって、相当気を赦してないとできなくないですか?」
リンドウが小首を傾げると、姫夜村は肩を
「子ども達にも散々やらせてきてるから。一緒よ一緒。子どもって長い髪触るの好きでしょ?」
「う」とリンドウが
と、
「リンドウ氏だって、未だに
小上がりからの松岡の指摘に、リンドウは「いやそれは」と眉間に皺をよせた。
「
リンドウの反論に、松岡は「ふうむ」と座卓で頬杖をついた。
「それも、
松岡の言葉に、リンドウはぐっと詰まる。
松岡の言うのは
保の本意は――未だ掴み切れていない。
と、隣から姫夜村が「こら」と松岡に向けて
「あんたちょっと無粋よ、
「師匠の無粋も相当だぞ」
「やだ、それどういう意味よ」
「男の純情を
「なんですって⁉」
松岡の
「僕は、久我氏は何の含みもなくリンドウ氏を妻にと考えていると思うがな」
「いやだから、あんたセンシティブに踏み込みすぎって」
「いい加減、
松岡がこちらへ向き直った。胡坐を解き、小上がりから足をおろして床につける。
「じゃあ、リンドウ氏は、伴侶を誰にするんだ?」
「それは……」
松岡は、もともと細いその眼を更に細めてリンドウを見据えた。
「――僕も事情は聴いている。リンドウ氏が明らかに選んだと思われていた藤堂氏を二年前に拒絶した理由も。その理由を藤堂氏が知らされていないという事も」
思わず――リンドウは膝の上で拳を握りしめた。
松岡の溜息が店内に響く。
「久我氏が実兄であるから選ばぬと言うならば、リンドウ氏は
「――それは……」
「今の法則に照らし合わせるならば、玄武様を選べば生まれるのは「人」だ。正直な話、僕らとしてはその方がありがたいが、そうすると、今度こそ「神」を産ませようと画策している「
避けては通れぬ事実の指摘に、リンドウは俯く。
「――そうね。「伊勢」は、まもなく正式に藤堂氏に接触すると思うわ」
隣からそう告げたのは姫夜村だ。腕と脚を組みながら、きしりと椅子の上で背を丸める。
それは間違いないだろう。「伊勢」が保から手を引くと宣言した事を、リンドウは当の保から聞かされている。その先に「伊勢」がどう動くかは言わずと知れた事だ。
「私は……」
俯いたままだったリンドウは、
「コダマノツラネを、とにかく
「それが、藤堂氏の奥さんの――
静かで、どこかやさしい姫夜村の言葉に、リンドウは
「あれが――」
ぐっと、リンドウの胸の奥がきしんだ。
「あれが
「そうね」
姫夜村の肯定に、リンドウは顔を
「歴史を簡単に
姫夜村の視線と、畔柳の視線が絡む。しかし、俯いていたリンドウはそれを観なかった。
「朝鮮水軍の兵も、多く海中に沈めたし、半島でも激しい戦を行った」
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