第19話 雪々と戀々
「師匠が繕った後、全てが白銀でできていた彼は、その睛だけ色を変えていた。貴女を探すため、あなたを自身の器に入れるため、人の手を借りた。だから、白銀の睛を失った」
「あの
「貴女は、前夫の背信と不誠実で怒りという穢れを纏い、そこから抜けられなくなってしまっていた。これをそのまま丸ごと自らの屋敷に押し込めて隠したのは
「斑の……」
「斑のにはお会いになったろう?」
「はい、一度お目にかかりました」
「あれは、
「魂を、ですか」
「肉から魂を引き抜き、自在に他の肉へ移す事ができる。だからあれはその
――その穢れの殻から引き抜いた貴女の御魂を
突如、視界を雪が
降りしきる。
いくつものいくつもの白い小さな儚いもの。
ああ、違う。
これは私だ。
雪々と降りしきるのは、小手毬の花弁。私自身の花びらだ。
ああ、どうして忘れていられたのだろう。
あんなにも、
あんなにも私を大らかに包み込む
どうして忘れていられたのか。
はらはらと零れ落ちる涙。
視界を埋め尽くす、雪のような花弁の舞の中、そっとやさしく冷たい何かが、私の頬に触れ涙を拭った。
瞬く。
ほろりと、盛り上がっていた涙の滴が
その先にいたのは、
――ああ、なんて切なそうに笑うのか、この男は。
「長らく申し訳ありませんでした、姫」
頭を垂れる男の、短く白い頭髪を見る。かつてこの男の髪は腰を越えるほどに長かったはずだ。
「髪は、身の
「はい」
私は、そっと右腕を持ち上げ、袖を見た。伯王が私のために用意した振袖。それは、彼が守って来た私の本質、霊性そのものだったのだ。黄色い地の上で、流水が美しく流れていた。本物の、小川の流れ。かつて私が、懐かしいあの家の庭にあった時、すぐ近くに小川のせせらぎがあった。
懐かしい、美しいものたちが、あの庭にはたくさんあった。愛すべきものたちが多く集い、その時代毎に、家の女主人達は心を込めて我々を愛し、護ってくれた。
私は、そっと右の袖を引きちぎり、もいだ。そこには、私の小手毬の一枝があった。
恨み――つまり、人の世で「女」としての役割を果たせと強制され押し付けられた分、その努めた時間を認められ報いられたかった。しかしそれは
と、松岡某が音もなく立ち上がった。見ればその手には白磁の方の
「姫」と
松岡某は、壁に掛けてあった、籐の
「この花篭は?」
「師匠が用意しました。こんな日がいつかくるだろうと。さ、姫」
言いながら伸べられた手に意図を察し、私は微笑んだ。
ああ、なんと幸福な日なのだろうか。
私はくると踵を返す。畔柳氏の隣を駆け抜けざま襖を完全に開け放った。そのままその先の障子をも、すらりと完全に開け放つ。
満月が、美しく、庭を照らしている。
改めて見れば、小さなささやかな庭だが、清浄な気に満ち満ちている。
開け放った障子と襖は、満月の光を遮る事なく花篭にまで至らせた。月光を浴びた伯王は美しかった。だから私は、あまりにうれしくて、しあわせで、微笑みながら
ちらほらと、花弁が舞い落ちる。
そっと、肩が抱かれる。隣に立った伯王が、ふうわりとした微笑みを浮かべている。
だから、私も静かに微笑むことができた。
伯王が手を差し伸べたので、手をあずける。
伯王の手は冷たかったが、いつもいつも、その手は私を受けとめ、守り、そしてもっとも美しく映えるようにしてくれた。
「長らく待たせて済まなかったな。――行こうか、伯王」
「はい。姫様」
ようやっと、自分たちの関係が、関わりが、運命が、その存在が、合致した。再会を果たせたのである。
その手に寄り添い、肩を引き寄せられ、そうっと目を閉じた。
もう、この精が宿るべき根もなく、新しい蕾をつけることもないけれど、もう、これで十分だった。
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