第17話 蕾と穢れ
門前にはすでに
そして、
この
「
(――言うな。これは
「なに藤堂、着いたの? もう着いた?」
(ああ着いた着いた。もう何も見たくないものは見えんよ)
溜息交じりに微笑んで藤堂はリンドウの身を下ろしに掛かるが、それでもリンドウの警戒は解けない。薄眼をあけつつ辺りを確認しながら、足だけは地に着けるも、まだ彼女の両腕は男の首に絡んだままである。
(ほら、もう
そこでようやく我に返ったリンドウが慌てて藤堂から身を離した。にやりと口の端を持ち上げて笑う藤堂は肩をすくめて(やれやれ)と頭を横にふるう。
(全く、この女ときたら。この儂にここまで運ばせておいて連れないものだ。どうせ運ぶのならば
「馬鹿!」
リンドウの手が「ばしり」と藤堂の腕を
「僕達は一体何時まで君達のイチャイチャに付き合わされないといけないんだ?」
ぼそりと呟く青髪の
「ああああ、全く酷い話だ。
間髪入れず、松岡の右肩に赤髪の
「ちょっと待ってください
「何故って、お前もだからだろう
「――大切な仕舞い仕事をしに来た時に、どうして貴方はそういう事をハッキリキッパリカテゴライズするんですか。私は仲間に背中から撃たれたような気分で今にも死にそうですよ」
やり取りの内容は切羽つまるものの、二人の表情はにやりと笑んでいる。つまりこれはリンドウと藤堂をおちょくっているのだ。
「お二人とも……!」
「うむ。
さっくりと切り替えて屋敷の中へと進み行く青髪の男の背を恨みがまし気に見送りつつ、リンドウは藤堂と共にその後に続いた。
「――小手毬姫は」
リンドウの問いに、
――果たして。
リンドウらが通されたのは、以前彼女自身も踏み入った事のある客間である。
客間の調度は至って簡素だった。一枚板の座卓と、赤ビロウドのソファセット。縁側は庭に面しており、開け放たれた掃き出し窓から庭を見下ろす。
小手毬の木が植わっている。
そして、その下には
(まこと、洗うのが難しい姫だな)
左横から藤堂がつぶやくのに、リンドウも思わず首肯する。
本当に、この姫君の執着は、怒りは重かったのだ。
故に、人の殻を捨てた後も、その
藤堂の向こうで青髪の松岡が「ふぅ」と細く静かな、そして長い溜息を吐く。
「僕ではこれはどうする事もできなかった。姫自らは、本来の御魂に戻っていると知覚しているが、事実はそれに反したままだ」
リンドウの眉間も曇る。
姫自身からは、自らの外観が人形のように美しく若い娘、つまり本来の魂の姿になっていると見えている。しかし事実はそうではない。姫の魂は、老いたる初枝の殻を被ったままなのだ。
「……二十年も」
「ええ。二十年です」
背後にいた赤髪の
リンドウが
「本当に申し訳ありません、リンドウさん。手間をおかけしますが」
「いえ。これこそが
ぼそりと小声で呟いてから、リンドウは小さく吐息を漏らす。
今
その身にまとう一式は、
帯揚げは、山形の桜桃の精が自身の実で染めたもの。
帯締めは、伊賀の組紐。
そして、黄色地の
そう。これこそが
人の世の執着に呑まれ、
人の世で受けた不当な
しかし、これはマダラとしては好機として働く。結果として姫の「怒りの殻」――穢れは分厚くなり、これが魂抜きを行う為の、借りの肉体として機能するのだ。
それにつけても
もう誰にも姫を手渡したくないと、自らの屋敷に押し込んで捕らえて隠して。そんな事をするから、この老女
今ひとつ、リンドウは吐息を零すと、ようよう腹をくくる。
「――さて、では参ります。皆さま、各々の
ふっと
「
「――頼むマダラの。すまない」
リンドウの額が、赤く、赤く、赤く、一際強烈に赤く染まる。
マダラのリンドウという女。額の
姫を、本来の御魂へと戻すのだ。
ただし、今回は、普段とは少しだけ勝手が違う。
――姫にはすでに、御魂を移すべき本来の肉体が存在していないのだ。
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