大晦日タイムループ



『現在時刻は12月31日、朝の7時12分です。今回で202回目の今日を迎えました』



 テレビの中のアナウンサーが、毎度のことのようにお伝えしてきた。……その数の通り、これを聞くのは202回目である。

 いや、数え始めた時点で、既に何度か見逃している可能性もあるので、実はもう少しだけ多いのだろうけど……、

 少なくとも100回以上は覚えがある。繰り返しているのだ……今日という日を。


 大晦日を、202回も。


 そして、アナウンサーと同様に、大晦日を何度も繰り返していることを全人類が理解している。なので同じ時間をぐるぐると回ってはいるものの、同じ行動をしている者は少ないので、新しい一日として捉えてもいいのではないだろうか……。


 単純に、日付だけが変わらずに、202日が経過していると考えることもできる。

 ずっと大晦日だが、年末なんてとうの昔に過ぎた感覚だ。未だに2022年。いつになったら2023年を迎えることができるのだろう……。



 翌日、テレビを見れば予想した通りだった。


『現在時刻は12月31日、朝の7時12分です。今回で203回目の今日を迎えました』


 ……まーた、どこかの誰かが12月31日をやり直したいと考えているらしい……、周囲が前日と同じ行動を取るわけではないのだから、前日の失敗を回避しようとしても対処法は毎日変わっていく。前日の失敗を取り返すよりも、後日、リベンジした方がいいのではないか?



『ほんと、誰がやり直したいって考えてるんすかね……こうも毎日毎日繰り返されちゃあ……、まあ、仕事は休みなのでいいんですけど……。記憶以外は全部リセットされてるんすよね? 終わらない長期休暇だと思えば、まあ……これが続くのもありかもしれないっす』


 街頭インタビューでは、老若男女が答えていた。

 大人は繰り返す毎日に、意外と『あり』の声が多かった。子供は『お年玉』が貰えない、テレビ番組が同じ……なので退屈らしい。

 ただ最近では、大晦日ではあるものの、特番を休止して再放送に切り替えている局もある。毎日毎日、同じ番組を流していても、いずれ人が離れていくだけだ。

 だったら、新しいものが作れなくとも、過去のものを流すことはできる……とにかく今は視聴者を離さないように、飽きない工夫が求められている。


 記憶だけが残る、という仕様上、今日、作った番組を明日に流すということもできない。そのため、ゲームなどのセーブデータも意味がない。

 どれだけストーリーを進めても、レベルを上げても、明日になれば元通りである。

 技術は上がっているので、明日は最短で同じことをできるし、浮いた時間を使えばちょっとずつだが先へ進められるが……、一日しかないので、翌日に持ち越すようなものはやりづらくなっている。

 今日一日で終わるようなものが好まれていた……、となると、家に引きこもるのではなく、外に出る者が多かった――そう、飲み会である。


 ウイルスの脅威はまだ完全には収束していないため、大勢での飲み会は自粛する風潮があるが、しかし仮に、この場で感染したとして、翌日にはリセットされている。

 楽しかった記憶だけが残り、感染した、という結果はなかったことにされる。

 ――ならば、と光明を見出した飲み会好きが、こぞって飲食店に集まり出した。


 三年ほど前までの町の活気が戻り、翌日になれば全てがリセットされている、という日常になってしまった仕組みが、人々の『甘さ』を増幅させた。

 ハロウィンの二の舞である。騒ぐだけ騒いで、後始末は全てリセット任せ。それらを咎める者もいなくなり、呆れながらも掃除をして町を綺麗にしようとする善人も「リセットされるなら……」と動く動機を失ってしまった。


 そう、『リセット』という仕様が、今日だけはなにをしてもいい、ということに繋がってしまっている……。

 幸い、まだ殺人事件は起きていないが……もしも倫理観のネジが外れてしまえば、明日になれば生きている事実に戻るのだから殺してもいい、となる可能性も、ないわけじゃない。


 そして、危険性はここにこそ潜んでいる。


 大勢での飲み会の自粛から解放され、ストレスを発散するように騒いだ者たちがいて……今日だけの快楽殺人に日々の嫌なことを忘れた者たちが多数を占めてしまえば……――じゃあこのタイムループが起こる『きっかけ』が失われる可能性だってあるのだ。


 一日を後悔したからこそ、やり直しているという前提で、タイムループが行われていて……その後悔が取り除かれてしまえば、さて、誰が『やり直し』を願うのだ?



 そして、最悪の結果が最悪のタイミングで起きた。


『現在時刻は2023年1月1日、朝の7時……12分です。

 みなさま、年が明けました……おめでとうございます』


 果たして何回目だったのだろう……300? はいったか? ともかく、血と涙が流れていた町の喧噪はそのまま、新年を迎えたというのに、誰もそのことを祝う者などおらず、死者、怪我人が多数……、加えて、感染し、病院へ搬送される者が後を絶たない……。


 そして、羽目を外したのは、医者も例外ではなかった。

 病院へ搬送されても、肝心な医者がいなければ、そこは施設ではなくただの建物である。


 今こそ、誰もがやり直したいと思うだろう……、しかし、いま願ってもやり直せるのは今日の頭からだ……――つまり1月1日から。去年の大晦日に戻れることはない。


 死んだ人間は生き返らない。


 ウイルスに感染した者たちは、すぐにでも対処しなければ、やがて息を引き取るだろう……極限状態のまま、今年が始まる。


 だが、まだ希望はある。

 今日をやり直すことはできるのだから――セーブができないゲームと同じだ。世界中の医者をかき集め、試行錯誤を繰り返し、最短で多くの人間を救える方法を生み出すしかない。

 1月1日を繰り返す上限があるわけではない……はずだ。それを信じて、一日で多くの人間を救い出す『効率的な攻略法』を、編み出すしかない。



 1月2日はいつやってくる?


 体感では、既に一年以上は経っているかもしれない……。




『現在時刻は2023年1月1日、朝の7時12分です。

 478回目の今日を迎えました。前日の死者は971名、一命を取り留めた人数は全国で89名です。

 前々日よりも6名ほど増加しています。

 この調子で多くの人を救えるよう、頑張ってまいりましょう』



 気が遠くなる話だった。


 ミスは許されないが、しかし明日もあるという油断が一つのミスを招き、それが連鎖して、多くのところに支障をきたしてしまう……、しかし誰かが言うのだ――

「明日また頑張りましょう」と……、そうだ、そうなんだよ。


 今ここで失敗しても、また明日があるし、明日失敗しても、明後日がある……。

 それを繰り返し、500回目に届きそうだった。


 命を救うことに、一切の感情を抱かなくなった。


 流れてくる食品を梱包しているような感覚で……――。



「……死んだか」



 だけど、また明日、挑戦すればいい。


 そうして俺は、白衣を脱いだ。




 ―― 完 ――

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