小さくなる薬
「……やってくれたわね」
五歳ほどの年齢にまで縮んだ少女から、下から睨みつけられている……、
怪しげな薬を飲ませたのは僕だし、作ったのも僕だが――しかし悪意があったわけじゃない。
純粋に効果を確かめたかっただけなのだ。
「注意する前に飲んだはそっちじゃないかよ……。
紫色の飲み物をなにも聞かずに飲むか、普通。いくら喉が渇いていたとは言えだ」
「喉から手が出るほど欲しかった水分を差し出されたら、液体の色なんか関係なく飲んじゃうでしょ!!」
警戒をしなさ過ぎだ。
僕を信用しているわけでもないだろうに……。
いつもじゃないか、迂闊に、僕が作った発明品を使って、痛い目に遭うのは君だろう?
「はぁ、最悪……。喉は潤ったけど、縮んだこの体でどう一日を過ごせって言うのよ……!」
「飲んじゃったなら仕方ない。とにかく、まずは服だね、その体のサイズに、合う……、」
「? なによ、じっとこっちを見て」
「君、服のサイズも一緒に縮んでないか?」
普通、体が縮めば服はスペースを作るはずなのだ。
小さな子供が大きな服を着られないように、ぶかぶかの服を羽織っているだけのような見た目になるはずが――しかし彼女はピッタリサイズである。それが違和感だったのか……。
「もしかしてこの薬……、対象者が持っていた物も一緒に小さくなるのか……?」
「え? あの、っ、ちょっと! あんたまで小さくなったら――……あー、」
彼女同様、五歳ほどまで小さくなった僕の手に握られていたスマホは、恐らく世界最小のサイズになっているだろう。
大人からすれば、もしかしたら握り寿司くらいのサイズのスマホに見えていたりするのだろうか。機能はそのまま、ただサイズだけが小さくなっている……。
これを使えば、たとえば飛行機のパイロットに薬を飲ませれば、もしかしたら乗っている飛行機も小さくなる……!?
「実験だ!! 早く元のサイズに戻らないと!!」
対象範囲は薬を飲んだ者の周囲へ及ぶのかもしれない。
「あ、じゃあ私があんたにくっついていたら、もしかして元に戻れる!?」
「やってみよう!!」
懐にしまっていた薬を飲む。
もちろん小さくなっているが、僕のサイズに合わせて小さくなっているだけだ。
効果は据え置き、口に合わないサイズではない。
ビンに入ったそれを飲み、僕と彼女の大きさが元のサイズに戻る……当然、着ていた服が大きくなった体のサイズに耐え切れずに、ぱぁん、とはち切れるというアクシデントもなく――、
ただし、周囲にいた対象を巻き込んでしまうということは、つまりだ。
小さいものも大きくしてしまうことでもある。
僕の血を吸っていたのだろう『蚊』が、小型犬くらいまで大きくなっていた。
「ひっ――」
見た目の嫌悪感で尻もちを着く彼女には目もくれず、僕は大きくなった蚊を両手で捕獲する。
じたばたと暴れるが、力はそう強くはないらしい。
「そ、それ……どうするつもりなの……?」
「……そうだな……カメラをくっつけて……外に飛ばしてみる?
意外とドローンと勘違いされてばれないかもしれないぞ」
「人間にばれなくても、鳥に捕まるんじゃないかしら」
やってみたら案の定だった。
大空へ飛んでいった『蚊』は、野生の鳥に襲われ、僕たちの部室へ逃げ帰ってきた。
部屋の隅っこで小刻みに震えて、相当怖かったのだろう……。
「可哀そうだし、元のサイズに戻してやるか」
クラスメイトである彼女にくっつけ(虫が苦手なわけではないはずだけど……やっぱりサイズが大きいと怖いのだろうか……震えていた)、その間に、彼女が小さくなる薬を飲む――。
彼女が小さくなると同時に、くっついていた蚊も小さくなり……これで元通りだ。
「ねえ、私が小さいままなんだけど……」
「あ、ごめん、すぐに大きくなる薬を――」
「というか、小さくなる薬を蚊に飲ませれば良かったんじゃ……」
飲めないわけじゃない。
だって大きなストローがその口についているのだから。
「そっか……君が小さくなる必要はなかったのかも……」
ただ、蚊に飲ませたとしたら僕たち二人は近づけない。
だって飲んだ対象の周囲も、効果範囲になってしまうのだから――。
蚊が小さくなれば、手伝った僕か彼女もまた小さくなってしまうはず……、だから彼女のことを小さくさせるのはどっち道、必要なことだったのだ。
「たまにはあんたが実験台になりなさいよ!!」
「いいけど……でも異常が発生した時、君になんとかできるの?」
傍にいる時点で共犯は確定だ。
僕がいなくなる、もしくは町に大きな被害が出た時、泥を被るのは君だと思うけど……?
「……そうなったら私も小さくなるわ――だって私は被害者だもん!!」
君が小さくなっても、さすがに抱えた問題までは小さくはならないと思うよ。
―― 完 ――
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