だから私は最初から偽聖女だと言ってるじゃないですか

アソビのココロ

第1話

「オーレリア・メイジ! そなたに聖女を詐称し、無辜なる民を惑わせたという訴えがなされている」

「誤解です! 私は聖女を称したことなど一度もありません! 最初から偽者だと自分で申しておりました!」


 多くの好奇と悪意の視線に晒され、私は大法廷で裁かれていました。

 私はそうじゃないと言い続けていたのに聖女聖女と持ち上げられ、あっという間に第三王子マクシミリアン様の婚約者とされ、最終的に逆に聖女ではないと訴えられました。

 私の株が暴騰したり暴落したりで忙しかったこの間たった一ヶ月。

 どうしてこうなったんでしょう?

 人生の浮き沈みってこんなものなのでしょうか。


 検事の声が厳しいです。


「偽りを申すな! 現に聖女扱いされていい気になっているではないか!」

「それは……」


 マクシミリアン様美男子なんですもの。

 いきなりイケメン王子が婚約者になって、舞い上がらないなんてことがあるでしょうか?

 いや、ないですよ。


「聖女が同時代に二人生まれないのは世の理。アリシア・イーストン侯爵令嬢が聖女と判明した以上、そなたが聖女であるはずがない!」

「ですから私は聖女ではないと、最初から申しておりました!」

「いい気になっていたのは事実であろう!」


 ぐっ、それを言われると……。

 でもいい気になっていただけで罪になるなんて……。


「異議あり!」


 あっ、国選弁護人が助けてくれるようです。


「被告がいい気になっていたのは認めます」


 はい、浮かれてましたもんね。

 証人もたくさんいますでしょうし。


「ただし被告オーレリア・メイジの言うように、聖女を自称した事実はありません。それとも証拠を用意できましたか?」


 検事が渋い顔をしています。

 あっ、私が聖女なんて言ってないってことは認められた?

 しかし検事の追及は止まりません。


「被告が魔法を用い、民を誑かしたことは事実である!」

「異議あり! 証人を召喚します。被告が魔法を用いたとする村人達です」


 あっ、あんなに村人が来てくれたのね。

 裁判なんか怖いでしょうに、私のために。


「せ、聖女様はおらが大ケガした時、すぐに癒してくれただ! おかげで今も命があるだ!」

「そうよ! 聖女様は果物が鳥に盗られない呪いもかけてくれたし!」

「それ見よ! 被告は民に聖女と呼ばせているではないか!」

「違うよ! 俺達が勝手に聖女様って呼んでるだけなんだ!」

「んだんだ! 聖女様はずっと自分では偽聖女だと言ったただ。聖女様は悪くねえ!」


 皆さん、ありがとう。

 涙がこぼれてきます。

 国選弁護人がゆっくり間を取って陪審や裁判官に語りかけます。


「いかがです? これが村人の生の声です。オーレリア嬢の言うことにウソはありません。寛恕な判決を求めます」


 イケそうな雰囲気になってきました。

 裁判官が判決を読み上げます。


「オーレリア・メイジの言動に悪質性がないことは認める。しかし聖女扱いされて慢心していたことは事実。よってマクシミリアン王子殿下との婚約は解消、並びに王都からの追放処分に処す」


 やった! 微罪!

 イケメン王子との婚約解消は残念ですけれども、所詮平民の私とは身分違いですしね。

 裁判官がガベルをコンコンと鳴らします。


「これにて閉廷する」


          ◇


「すいませんね。無罪にできなくて」


 追放処分の日、私を送りに王都の門まで来てくださったのは、国選弁護人だけでした。

 私は罪人ですからね。

 後難を恐れて近寄りたくないのはわかります。

 追放の日が発表されていたわけでもありませんし。


「第一王子第二王子に不幸があったばかりで、貴族の思惑がうごめいているのですよ。後ろ盾のない貴女が王太子妃になるのは情勢が許さなかったんです。裁判官も陪審も貴族に恨まれるのは嫌ですからね。なかなか完勝とはいきません」

「いえいえ、事前に言われていた通りでしたので」

「そう言ってもらえるとホッとします。オーレリア嬢の力になれてよかったです」


 はにかむような柔らかい笑顔が可愛らしい方ですね。

 法曹関係者って偉ぶってるイメージがあったので、好感が持てます。


「オーレリア嬢は今後どうされるのでしょう? 当てはあるんですか?」

「特にないんですけど、冒険者というものをやってみようかと思いまして」

「えっ?」

「私は王都生まれの王都育ちで、荒事には縁がなかったものですから。でも魔物肉って美味しいらしいんですよ。前々から冒険者には憧れていたんです」


 楽しみだわあ。

 あれ、弁護人さん何を慌てているのでしょう?


「相手は魔物ですよ?」

「そうですよ?」

「危険じゃないですか。オーレリア嬢のような華奢で美しい方が冒険者だなんて」

「あら、美しいだなんてお上手ですね。弁護人さんもハンサムですよ」


 ますます弁護人さんに対する好感度が上がってしまいます。


「そうでなくてですね。王都生まれのお嬢さんは知らないかもしれないですけれど、魔物とは大変恐ろしいものなのです」

「そうなのですか? でも私は魔法が使えるので」

「存じてはおりますが……」

「治癒魔法の使い手がいるとありがたいって、以前言われたことがあるんです」

「あっ、なるほど。ヒーラーということでしたか」


 納得いただけたようです。

 実は私は結構な攻撃魔法も防御魔法も使えますので、戦闘員として参加したいと思っています。

 でもそこまで言う必要はありませんね。


「それでは私は行きます。弁護人さん、わざわざ門までありがとうございました」

「私のことはルーカスと呼んでいただけると」

「ルーカス様、お手をお借りいたします」

「手を?」

「ちょっとしたお礼です」


 ルーカス様は身なりも立派ですし、おそらく本物の貴族でしょう。

 それなのに私のような零落れ元貴族の平民に親切にしてくださった。

 公平で素敵な方です。

 心を込めて魔力を流し込み、魔法を発動させます。


「……加護の効果のある永続魔法です。二〇年ほどは効果があると思います」

「に、二〇年?」

「はい。王都は地理的に悪い気を集めやすいです。私が去ると良くないことが起きるかもしれませんから。でもルーカス様は加護が切れるまでは大丈夫ですからね。私が保障いたします」


 いえ、本物の聖女様が現れたのでしたか。

 私のしたことは余計だったですかね。


「待ってくれ。オーレリア嬢が巷間で聖女と呼ばれていたのは、その魔法で施しを与えていたからだろう?」

「だと思います」

「まさかそれだけでなく、魔力で王都全体を守ってくれていた?」

「はい、その通りです。私は聖女ではなく魔女ですから」


 にっこり。

 そうです、私は聖女ではなく魔女なのです。


「……オーレリア嬢の魔法の防御がなくなると王都はどうなる?」

「それは……歴史が教えてくれるかと」


 外敵が攻めてくるか天変地異が起きるか。

 虫害で大飢饉なんてのもありましたね。


「……マクシミリアン殿下の兄二人が続けて亡くなったのは?」

「ご、ごめんなさい。王宮は特に魔窟なんです。イケメンのマクシミリアン様の婚約者になれたものですから嬉しくて嬉しくて。つい防御の魔法が甘くなって、悪いものを近付けてしまったかもしれません」


 お、怒られてしまう?

 ルーカス様が難しい顔をしていらっしゃいます。


「……オーレリア嬢」

「は、はい」

「貴女を必ず数ヶ月中に王都に呼び戻す」

「そんなことができるのですか?」


 冒険者に憧れてはいますが、ずっと血なまぐさい生活もなんだかなあと思っていたところでした。

 やはり私は王都育ちですから、王都で暮らせるならそちらの方がいいです。

 でも裁判の判決を覆すのは相当難しいのでは?


「そこは僕の手腕に任せてもらおう。そして貴女を王都に連れ戻すことに成功したら、僕と結婚していただけませんか?」

「えっ、ルーカス様のような立派なお方が、婚約解消されたばかりの傷物の私とですか? もちろん私にとっては願ってもないことですけれども」

「約束だよ。これを」

「はい」


 ブローチを手渡されました。

 見たことのある紋章ですね。

 どこの家のものでしたっけ?

 ああ、貴族としての教育が中途半端なのが悔やまれる!


「では後日必ず」

「はい、ルーカス様」


          ◇


 ――――――――――二ヶ月後、ルーカス視点。


 非常にまずい事態だ。

 マクシミリアン殿下が流行り病に罹患してあっさり亡くなった。

 陛下は持ち直して回復したが、高熱が続いたためおそらく子種も失われただろうとの話だ。

 王家の直系は絶えた。


 オーレリア・メイジ元伯爵令嬢。

 洗礼式で強大な魔力が発覚し、当時ちょっと話題になった女性だ。

 王都で養育されていたが、メイジ伯爵領の経営が破綻して伯爵夫妻は自殺、オーレリア嬢は市井に放り出された。

 人名録で追えるのはそこまでだ。

 まさか偽聖女として再びその名を聞くことになるとは。


 前任の聖女カミラが五〇年にもわたって王都に平和をもたらしていた。

 その逝去後もおそらくはオーレリア嬢の魔力のおかげで安寧が続いていたので、皆が王都の危うさについて鈍感になっていたのだろう。

 現在王都には不安が渦巻いている。


 アリシア・イーストン侯爵令嬢が真正の聖女とはいえ、彼女は洗礼式を終えたばかりでわずか八歳。

 当然まだ魔力は成長途上で未熟であり、魔法もろくに使えない。

 王都の不安を払拭し、アリシア嬢を教え導く存在が早急に必要だ。

 そしてそれは莫大な魔力で王都を守っていた経験のあるオーレリア嬢以外に考えられない。

 であるのに……。


 誰か来た。

 父上自ら?


「ルーカス、朗報だ! 要求は全て通った!」

「ようやくですか」

「まあ、そう言うな。頭の固い連中だ。現状が頭に染み入り、バカさ加減を認識するまでに時間がかかるんだろうさ」


 父であるサンドフィールド公爵ギルフォードが皮肉な笑いを見せる。


「確認するぞ。まず王家からの要請通りルーカスが陛下の養子となり、同時に王太子となる」

「はい」


 父ギルフォードは今上陛下の弟だ。

 当然王維継承権持ちではあるが、公爵として広大な領地の経営に当たっている父を王太弟とするより、僕を養子に迎えて王太子とした方が混乱が少ないからな。

 サンドフィールド公爵位は僕の弟が継げばいい。


「オーレリア・メイジ嬢を王太子妃とすること。これが苦戦した」

「オーレリア嬢の王都追放が間違った判断であったとはなかなか認められないのでしょう。それしか方法がないのに」


 父が笑う。

 何か?


「そうではないだろう? オーレリア嬢を王都に呼び戻すだけでよかったではないか。ルーカスの妃とするのは?」

「……運命ですかね」

「ハハッ、運命か。昔から婚約者も定めず、オーレリア嬢に拘っていたことは知っている」


 そうだ、僕は昔からオーレリア嬢に拘っていた。

 洗礼式を終えたばかりの少女の、輝くような才能と笑顔に魅せられていたんだ。


「そう言えば僕はオーレリア嬢に、加護の魔法をかけてもらいましたよ。二〇年は効果があるそうです」

「ほう。オーレリア嬢はどこで魔力の使い方を学んだんだろうな?」


 メイジ伯爵家没落以前、正規の魔道教育を受けていたことは知っている。

 平民になってからも民間の魔法を身に付ける機会があったに違いない。

 何だかんだでオーレリア嬢はラッキーガールだから。


「大丈夫です。絶対にうまくいきます」


          ◇


 どうしたことでしょう?

 王都に戻って来たら嫌な瘴気が覆っているし、マクシミリアン様までお亡くなりになっているし。

 思わず合掌です。

 とりあえず防御魔法を張って瘴気を浄化しておきました。


「オーレリア!」


 ルーカス様に抱きしめられます。

 何とルーカス様は公爵家の御子息で、現在は国王陛下の養子で王太子なんだそうです。

 私はマナーすら覚束ないのに王太子妃ですよ。

 どゆこと?


「どうしてルーカス様は国選弁護人なんかやっていらしたんですか?」

「法学を学んでいたからかな」

「いえ、そういうことではなく……」

「サンドフィールド公爵家の嫡子たる僕が弁護人ならば、オーレリアに理不尽な判決を下すことができなくなるからさ」

「私のことを知っていてくださったのですか?」

「貴女の洗礼式の時からね。たまたま父に連れられて来賓としてあの場にいたんだ。オーレリアのとんでもない魔力が判明した時の興奮、今でも鮮烈に覚えているよ」

「そ、そうだったのですか」


 まさかそんな昔から私を御存知だったとは。

 恐縮です。


「すまないね。王太子妃としての教育、王都を包む防御魔法の維持、聖女アリシアの指導と、オーレリアには大きな負担を強いてしまうが」

「いえいえ、冒険者の生活よりはよほど楽ですから」


 冒険者は大変でした。

 単純で殺伐としていて重労働で。

 魔物肉は期待通り美味しかったですけれども。


「オーレリア、愛しているぞ」

「はわわわわ……」


 再び強く抱きしめられました。

 もう、何なんでしょう?

 私をよく知ってくれていて、助けてくれて。

 その上で愛してくれるなんて。


「聖女を軽視するわけじゃない。しかし安全保障を聖女に頼っている現状はダメだ。僕はこの国を造り直す」

「はい」

「協力してくれ」

「もちろんですわ」

「ありがとう」


 ルーカス様の前を見つめる強い瞳。

 ルーカス様が時折見せる柔和な表情。

 ルーカス様の温もりと匂い。

 皆好きです。


 ルーカス様とともにあることを誓う。

 ありったけの魔力を込めて祈ったのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

だから私は最初から偽聖女だと言ってるじゃないですか アソビのココロ @asobigokoro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る