世の中には不思議なことが沢山あるようです。
さんまぐ
霜月 清明と睦月 小雪。
第1話 霜月 清明の陰鬱な日曜日。
大昔、空の星々を神と崇めた人達が居て、人の立ち入れぬ土地にも神が居ると恐れた人達も居た。
だが今の世の中では人は大地から離れて星を見に行き、星に手を伸ばすところまで来ている。
この世に人の立ち入れぬ土地は無いのではないかと平凡なフリーターの俺はそんな事を考えてしまう。
俺、霜月 清明は人生初の彼女とお別れをして結構凹んでいる。
彼女だった女性は同じバイト先の大学生。
向こうに好意がある気がして食事なんかに誘ってみたらいつの間にか付き合っていた。
いつの間にか付き合っていた。
可能ならキチンと交際宣言ではないが「俺たち付き合っているよな」とやりたかったが、彼女はそういうのを煩わしがりダラダラと共にいた。
俺自身、どうしても強気に出れない部分があり、気持ち悪さを感じながらダラダラに付き合って気がつけば1年程付き合った。
彼女は春になって就職活動を始めると集中したいからと言ってバイト先を辞めていった。
それ自体は構わなかったが、自然消滅を狙うような彼女の動きには納得ができずに別れるなら別れるようにキチンとお別れをしたかったが彼女はそれすら煩わしいと言って、別れる事なく不仲は加速した。
だが夏が過ぎて就職活動を煩わしいと思ったのか、ここにきて急に連絡を取ってきて働かないのか、今住んでいる賃貸は単身向けの小さなものだから働いて大きい所に引っ越せと言い出してきた。
少し考えればわかる。
他人の金で楽をしたいのだろう。
俺に無理をさせて自分は申し訳程度の金で我が物顔で家に住む。
煩わしくなれば出て行くくらいあり得る。
そう思うのには理由がある。
俺だって別に付き合ったパートナーを悪く言いたくない。
別れたから悪く言っているのとも違う。
悪い点に気がついて別れたから言えている。
就職活動を半ば諦めた彼女は途端に会う日数を増やしてきて将来の話なんかをする。
分かりやすいのはウチに置いて行く意識が高い人向けの雑誌やオシャレ雑誌、占拠したテレビから流れてくる第〇〇次ブームとかに出てきた場所なんかに住みたがり、不動産業者のように引っ越しを推してくる。
相手の顔を見ないでグイグイと勧めるところが営業職に向いている気がするが本人にその気はなく狭き門を目指している。
だから今こうなっている。
結局、彼女が俺に求めていたのは保険だ。
狭き門。
夢を追い、夢が叶えば修行中の身で恋愛なんて出来ないから、会う時間は無くなるからと文字通り夢みたいなことを予告しておいて、門の突破が難しいとわかると人の金で液晶の向こうの世界を手に入れようとする。
正直、強気に出られない部分がありそれでもいいかと今朝までは認めないようにして彼氏をしていた。
久しぶりの日曜日に取れた休日、彼女が言った「今日はウチに来て。親が会ってみたいと言ってるの」というこの言葉に彼女も煩わしさよりもキチンとする事を意識したかと思ったが全く別だった。
親から就活がうまく行ってないことでどうするのかと聞かれ、狭き門ではなく一般的な就職を提案され、彼氏の気配にどんな男かしつこく聞かれることが煩わしくなり直接会わせる道を選んでいた。
何一つ良くなかった。
フリーターを馬鹿にされた。
…まあ大事な娘を嫁に出す相手なら嫌だろう。それは許せる。
一人暮らしは誉められたが住まいの築年数と家賃に間取りを聞かれて馬鹿にされた。
そして家族構成を馬鹿にされて悪く言われた。
多様性の世の中に真っ向勝負するようなありがたいお言葉達をこれでもかと浴びせられる。
そう、それこそが俺が強く出られない理由。負い目だった。
よく育ての親をしてくれた婆ちゃんは「お前は普通の家庭とは違うんだから」と言って人より一段劣っていると言って育ててくれた。
そのせいもあるが無駄な争いは嫌いで受験戦争も就職戦争からも一抜けをしてこうなっている。
この件で「この親とやっていけるかな?」なんて一瞬でも考えた自分は愚か者で、彼女はヘラヘラと傍観していて助ける気はなく、延々と彼女の親から口撃を受けた俺は帰りにどういうつもりかと彼女を問い詰めると「私の親は間違ってない。普通の家じゃないんだから言われても仕方ない」と言ってきた。
ここで俺の心は冷め切って別れを切り出すと罵倒されて「言われて悔しいなら奮起して私を幸せにしてみろ」と言われたがそれこそ無駄な争いなのでサヨナラをした。
今もスマホにはジャンジャンメッセージが入ってくる。
最初に見たのは「良いことを考えた!駆け落ちすればいいのよ!私の親のいない所、あの街なんてどうかしら?」で、それ以降は見てない。
今日は嫌な気分だ。
こんな日はさっさと眠るに限る。
飯は作り置きして冷凍したハヤシライスがあるからそれでいい。
そう言えばハヤシライスは隠し味のワインが無いと食べられないとか抜かした彼女の為にワインをわざわざ買って入れたのに「コレジャナイ」とか言って残された嫌な思い出が蘇る。
「もういい」とか言ってテレビの前でスナック菓子を食べる彼女を思い出すとどうしてあの時にサヨナラをしなかったのかと自分を責めてしまう。
「くそっ、それでも俺はハヤシライスを食う!」
そう言って台所に向かって解凍を始めた時、我が家の扉をノックする音が聞こえる。
チャイムを押せ。
ドンドンドンドンとなんだ?
うっせーよ。
ご近所迷惑だっての。
一瞬でも彼女を疑ったがあの女なら近くに来て察しろとばかりに「近くまで来たけどやっぱり帰るわ」とメッセージを入れてくる。ここで俺が追いかけてどちらが上かを証明させようとする。
いい加減しつこいし、何事かと思って開けようとした時「いるのわかってる!開けてよ清明、彼女居ても助けてよ!」と聞こえてきて俺は慌てて扉を開けた。
居るはずの場所には誰も居らず「こっち!清明!」と聞こえてきたのはかなり下で、下を見ると小さな幼女が「なんか大変なの!助けてよ!」と言っている。
話し方と声はよく知る女性だが幼女は知らない。俺は脳が瞬殺されて「え?はぁ?小雪?」と聞いてしまった。
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