魂を使い、屍に立つ

如月 弥生

第1話 プロローグ

「っかぁ~あっちいなあ! 大丈夫か?」

「うん! まだまだ余裕!」


 森の中を歩く旅商人の親子。静かな森だが、魔物が現れるため、通るのには勇気がいる。


「でも、本当に大丈夫なの? この森、魔物出るんだよね? 僕たち、戦闘系のスキル、持ってないよ?」

「大丈夫大丈夫! 護身用の剣は持ってるし、そこまで強い奴なんてここには出ないだろ!」

「そうかなぁ……」


 この世界は、【レベル】と【スキル】で成り立っている。

スキルは技能、レベルは肉体の強さを表す。

戦闘向きのスキルを持っている人もいれば、この親子のように商業のスキルを持っている人だっている。

魔法を使うのにも、そういう系統のスキルが必要だ。


「ふう……一旦休憩するか! 荷物も重いしな……」

「うん! 地図で言えば、このままあと一キロだよ! 少し休憩したら、一気に行っちゃお!」

「ああ!」


 森のど真ん中で腰を下ろす二人。鞄の中から携帯食を取り出し、完全に休憩する気だった。しかし、


「ガルルルッ! ガオッ!」

「んなっ!? 狼の魔物か! それも複数! おい、引いてろ! 俺がやる!」

「う、うん……」

「このやろお……俺たちを食ってみろってんだ、このやろう!」


 父親は護身用の剣を持っているし、旅商人として世界を歩くため、人並みには剣術を学んだ。

それに、レベルは三十二と、旅商人にしては少々高めである。

だが、残念なことに、彼のスキルは【適談商売】と言い、どんな場所でも物を売る、という才能だった。

当然……


「ぐあっ!」

「お父さん!」


 吹き飛ばされる父、溢れ出す血。今だ十歳にも満たない少年には、いささか衝撃が強すぎた。


「グルルルルル……」

「う、あ、ああ……」


 腰が抜けて後ずさりしかできない少年。彼も同じく、【適談商売】だ。レベルも五と低く、戦闘手段などない。そのうえ、全方向囲まれている。詰みだ。

正面にいる狼が大きく口を開け、子供を食べ―――――











られなかった。






ズバアンッ!! スパン! スパァン!


「……っえ?」

「おうおう。こんないたいけな少年を食おうとしてんじゃねえよ。つっても全員死んじまったか」

「え? え? え?」


 突如空から降ってきた青年に、勢いのまま斬られてしまった狼の集団。当然、少年だって驚き、現状を把握できない。


「大丈夫か? 怪我は無いか?」

「あ、あ、えっと、僕は大丈夫……そうだ、お父さん!」

「……ぐあっ! ゲホッゲホッ!」

「ああああ、どうしよう、どうしよう! ポーションは売り物だし……でも、使うしか無いかな……」

「うーん、胸付近の出血が多いな。でも、これくらいの怪我なら治せるか」

「ほんと!?」

「ああ」


 そう言い放った青年は、緑色の光を右手に宿し、患部に触れた。すると……


「あっ! 傷がふさがってく!」

「う、ううう……っあ? 俺は…‥どうなった?」

「お父さん!!」

「うおっ! ああ悪い。心配かけたな……ところで、そこの兄さんは?」

「この人はね! さっきの狼を一撃で倒して、その上お父さんの怪我を治してくれたんだよ!」

「要するに恩人ってことか。ありがとうな」

「いや、通りすがっただけだからな。別に気にすることは無い」


 旅商人の親子が荷物をまとめている間、青年は思案顔で空を見ていた。

まとめ終わると……


「じゃあ、俺たちはもう出るわ」

「今度は襲われんなよ。ところで、どこに行こうとしていたんだ?」

「ああ、俺たちは、このまま真っ直ぐ行って森を抜けたら、ヴァルマンっていう国があるんだ」

「ヴァルマンか」

「おう。そこで人稼ぎしようと思ってな。お前さんはどこに行くんだ?」

「奇遇なことに、俺もヴァルマンに行こうとしてたんだ」

「え! じゃあ、僕たちと一緒に行かない!?」

「あー悪い。ヴァルマンで待ち合わせしてるんだ。だから、一緒には行けない。すまんな」

「そいつは残念だな……ま、あっちで会ったらよろしくな」

「ああ、じゃあな」

「またね!」


 森に消えていく青年の背中を、親子は見ていた。


「さーてと! 俺たちもゆっくり行くか~」

「うん! って、うん?」

「どうした?」

「あの人、スキルなんなんだろう?」

「はあ? 俺の傷を消したんだから、治癒系統のスキルじゃないのか?」

「だって、全方向囲まれているのに、全員倒したんだよ? 戦闘系スキルじゃないの?」

「……確かにそうだな。まっ、ヴァルマンで会った時、聞いてみようぜ!」

「うん!」


 スキルは、一人二つ三つぐらい。最大でも五つほどだ。

天から与えられた才能ギフト。それがスキルなのだから。

努力ではどうにもならないものなのだ。


 一方、レベルは、神がその生物の成長の度合いに応じて与える経験の値のことである。

レベルが高くなれば高くなるほど身体能力が上がるため、パーティーで狩ったり、ソロでも弱い奴らを倒せば何とかなる。


これが、スキルとレベルの違いだ。スキルは、組み合わせによってはとてつもない力を発揮するものもあれば、どれだけ努力しても成長しない哀れとも思えるスキルだってある。

全ては神の気分次第……







「今日も稼いだな~。えっと? おお、五百シルバーか。まあ、稼いだ方かな」


 ふわぁ~あ。と、青年が欠伸をしながら呟いた。

五百シルバー。それは、商人が半年かけて稼げるかどうかというほどの金額だ。

それを一日で稼いだ青年。


月神つきがみ 彩斗さいと


 彩斗は別に貴族生まれというわけでも、大商人でもないただの青年。

だというのに、たった一日で世界の一般平均年収の半分を稼いでしまった。

それはなぜか?

簡単だ。魔物を倒せば金が手に入るのだから。

無論、弱い魔物では金が出ない。ある程度強い魔物から、一ブロンズだけ出て来る。

五百シルバーともなると、街を一つ滅ぼせる量の魔獣を倒さなければならないだろう。

しかし、彩斗はそんなこと五百シルバーに興味なし。

なぜなら、もうすでに一万ゴールドを保持しているからだ。

一万ゴールドとなると、国の年の予算を超えている。


「あの親子大丈夫かな……また襲われてないといいけど」


 一日に五百シルバー稼いだ職業の名は、冒険家。

ギルドで受けた依頼を達成し、ギルドから報酬を受ける人達のことを言う。

それでも、普通ならば一日に十ブロンズくらいが平均である。

だが、この男は異常である。


 先ほど親子を襲った狼は、スキルが戦闘向きで、レベルが高い戦士でも即死するほどの強力な魔獣。先ほどの父親が死ななかったのは、本当に幸運だろう。

そんな魔物を手刀で片づけたのだ。その異常さが分かるだろう。

そんな彼のレベルは二百。

だいぶ強い。世界では強者と分類される方だ。しかし、手刀であの狼を殺れるわけがない。

ならば、思ったはずだ。スキルがよほど強力なのか? と。


そんな彩斗が使う、スキルの名は―――――













【虚王輪廻】

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